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第24回 食の不安情報から暮らしを守るためのブックガイド①【分断をこえてゆけ 有機と慣行の向こう側】
7月の参院選に前後して、農薬による健康被害を過大に煽るような情報が再びSNS上に溢れました。そのほとんどはこれまで幾度となく出回ってきた流言・デマの焼き直しであり、過去の経緯を知っている生産者などにとっては「ああ、またか」とため息をつきたくなるような状況だと思いますが、あまり免疫のない人はたまたま目にして驚き、不安に感じることもあったかもしれません。そこで今回は、食の安全について不安なことやわからないことがあったときに、手元に置いておきたい定番ともいえる本をいくつか間宮さんが紹介します。
日々購入する食品の安全性に漠然とした不安感を持っていても、自力で納得できるまで調べたり勉強することは時間の制約上なかなか難しい。
そんなジレンマを抱えている生活者の方は少なくないと思う。
子育てや介護などのライフステージ、仕事の多忙さ、食事以外の大切な趣味や生きがいなど理由はさまざまあり、人間、誰しもそんなに毎日食のことばかりを考えて生きられるわけではない。
いずれの本も、冒頭から通読できればもちろん理想的だが、上のような理由から「特に読んでみてほしい部分」をピックアップしながら紹介する。
なお、こうした書籍は社会的関心の割にはまだまだ数が少ないので、出版年が多少古くても比較的入手が容易であれば列挙するようにした。
いきなり購入するのに抵抗があれば、まずは近くの書店や図書館で手に取ってみてほしい。
身近な友人や、カフェに来ていたお客さんの顔を思い浮かべながら選んでみた。
『お母さんのための食の安全教室』松永和紀、女子栄養大学出版部、2012年
『お母さんのための食の安全教室』松永和紀、女子栄養大学出版部、2012年
毎日新聞社記者を経て科学ジャーナリストとして活動し、ご自身も母親である松永氏が、月刊誌『栄養と料理』での連載をベースに加筆修正し再編した書籍。
生活のなかで気になった項目を拾い出して読めるよう、カテゴリ毎にコンパクトに整理されており、平易な言葉で書かれているので専門用語を知らなくても理解できる。
文字サイズや図表も大きくて見やすい。
第3章「化学物質から体を守る」では、農薬や食品添加物をめぐる誤解と基礎知識について解説されている。
なかでも「複合汚染」についての項は、巷でよく聞かれる「個別の農薬等は安全性が確認されていても、様々な種類を組み合わせて食べた時の影響は誰にもわからない」といった声に応えて書かれているので、不安に思っている方には、ぜひ読んでみてほしい。
第4章「思い込みの怖さを知る」のうち有機農業の項では、「有機=安全」という単純な思い込みを多角的に解きほぐしていく一方で、資源の循環利用や生物多様性の保全効果については「誰もが認めるところ」として高く評価もしている。
また、有機農業生産者の久松達央さんも登場しており、現場からの生きた声が奥行きと説得力を与えている。
松永氏の関連書籍
また、ほかに手に取りやすい松永氏の著作としては『メディア・バイアス あやしい健康情報とニセ科学』『効かない健康食品 危ない自然・天然』(いずれも光文社新書) がある。
『メディア・バイアス』は2007年に出版され、翌年の「科学ジャーナリスト賞」を受賞した。
歪んだ健康情報が発信されてしまうメディア報道の構造的な課題や背景を、様々な事例を通して読み解いている。
終章「科学報道を見破る10箇条」では、科学的に妥当な記事を執筆することが、いかにライターにとって経済性が低いかという懐事情も赤裸々に綴られており、「御用ライター」などというありがちな批判への応答にもなっている。
『効かない健康食品〜』では、タイトル通り様々な健康食品や健康ブームを筆頭に、多様なトピックをアラカルト的に掲載。
2017年出版なので比較的近年の話題も扱われているほか、各項目の冒頭や末尾に「まとめ」が載っている点も、忙しい合間に参照しやすく便利だ。
『ほんとうの「食の安全」を考える―ゼロリスクという幻想』畝山智香子、化学同人(DOJIN文庫)、2021年
『ほんとうの「食の安全」を考える―ゼロリスクという幻想』畝山智香子、化学同人(DOJIN文庫)、2021年
松永氏と同じく、その道で知らない人はいないと思われる畝山氏は、いわば食品リスクコミュニケーションの専門家。
国立の研究機関に所属する研究者である傍ら、個人ブログ「食品安全情報blog2」を運営するなど、日々市民との橋渡しとなる発信を続けている。
本書は2009年に出版された同名本を、一部の用語や数値を更新して文庫化したもの。
当時話題となっていた食品関連の事件等もケーススタディとして取り上げつつ、食品安全情報を読み解く基本的な姿勢を提示している。
大学の参考書や入試問題にも採用されており、ロングセラーの入門書として信頼を重ねてきた実績の一方で、生活の隙間時間で予備知識なしにパッと読むには正直、ハードルがやや高い面もある。
一度は腰を据えて通読した上で、必要箇所を時々参照するような使い方が良いと思う。
巻末の略語一覧も便利だ。
なお、続編にあたる『食品添加物はなぜ嫌われるのか:食品情報を「正しく」読み解くリテラシー』が2020年に出版されており、近年の話題をカバーしている。
『各分野の専門家が伝える 子どもを守るために知っておきたいこと』星海社(星海社新書)、2019年
『各分野の専門家が伝える 子どもを守るために知っておきたいこと』星海社(星海社新書)、2019年
2016年に出版された同名本の新書化。
出産や子育てのなかで直面する様々な「怪しい」情報から子供を守るために、必要最小限の情報リテラシーを身につけられるよう、幅広い分野を簡潔に解説している。
第3章「食」では管理栄養士の成田崇信氏と、前出の畝山智香子氏が登場し、「砂糖・牛乳」「玄米菜食」「マーガリン」「残留農薬」「添加物」「国産と外国産」をテーマに取り上げている。
全般的に学術用語や図表の使用は控えられており、とても読みやすく書かれている。
すでに各分野に関心の高い人にとっては物足りない内容かもしれないが、その分友人や家族に勧めやすい利点もあり、手元に一冊置いておきたい。
また、本記事のテーマからは外れるが、育児をしているとどこからともなく入ってくるフッ素やワクチンへの不安説、自然出産信奉などへの批判もカバーしているほか、「教育」の章では精神科医の松本俊彦氏や、名古屋大学の内田良氏など多様な執筆陣が「誕生学」や「2分の1成人式」など一見美談と捉えられがちなコンセプトの問題まで広く扱っている点も、類書にない魅力だ。
なんとなくイヤ、の違和感を大切にするために
こうした書籍で、あまりにも世間の思い込みやムードからかけ離れた記述(例えば「遺伝子組み換え食品は人体に安全」など)を目にすると、ぎょっとして拒否反応を起こしてしまうことがあるかもしれない。
御用学者とか、逆張りに過ぎないといった著者への中傷はAmazonレビューなどでも見かけられる。
だが本文を読めば、少なくとも単に科学を振りかざした権威的な安全論を押し付けているわけではない、ということはわかってもらえると思う。
遺伝子組み換えやゲノム編集といった響きに「なんとなくイヤ」と不安を感じるのは何も悪いことではない。
それに、今回挙げた本を読んだ上での結論が「やっぱりイヤ」であっても、個人的には全く構わないと思う。
だが、何が自分の不安をかたち作っているのかを丁寧に紐解き、明らかに事実と異なる点をひとつずつ取り除いていけば、その先になお残る「なんとなくイヤ」の正体をクリアに切り出していくことができる。
そうやって明らかになった論点については引き続きの議論や検証、あるいは適切なケアを呼びかける。
そのような姿勢は、最初から結論ありきの危険論よりも、よほど誠実ではないだろうか。
※記事内容は全て筆者個人の見解です。筆者が所属する組織・団体等の見解を示すものでは一切ありません。
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