会員募集 ご寄付 お問い合わせ AGRI FACTとは
本サイトはAGRI FACTに賛同する個人・団体から寄付・委託を受け、農業技術通信社が制作・編集・運営しています
Vol.5 野菜から食べる「ベジファースト」の生物学【東大名誉教授 Dr. 唐木の生物学講義】
食事が私たちの体質や健康の維持に大事なことは古くから知られてきましたが、「何を食べるか」と同じくらい「どのような順番で食べるか」が重要と言われています。その代表格が、野菜を食事の最初に摂取する「ベジタブル・ファースト(以下、ベジファースト)」です。この食事法がなぜ健康の維持にかかわるのでしょうか。
第1章 食べる順番が代謝に影響する
糖尿病やその予備軍とされる人口の増加が深刻な課題となっている背景には、炭水化物の過剰摂取と、それによる「食後高血糖(血糖値スパイク)」があります。血糖値スパイクは、血管の内皮細胞を傷つけ、動脈硬化を進行させるだけでなく、体内のタンパク質が糖と結びつく「糖化」を促進し、老化を早める原因となります。
ベジファーストは、この血糖値の急上昇を、食事の順番を変えることで防ぐ手法です。かつて日本の学校教育等で推奨されていた、おかずとご飯を交互に食べる「三角食べ」は、味の調和を楽しむ上では優れていますが、血糖マネジメントの観点からは、必ずしも理想的とは言えません。むしろ、野菜を中心にしたおかずを最初に食べてしまうことでホルモン分泌を最適化する「重ね食べ」こそが、代謝を考えたときには、最もいい食べ方なのです。
食事によって糖質が摂取されると、それはブドウ糖に分解され、小腸から血液中へと吸収されます。急激に糖が増加すると、血糖値を下げるために膵臓はインスリンを大量に分泌します。過剰に分泌されると、インスリンは糖を脂肪に合成し、結果として肥満を招きます。また、血糖値が急上昇した後に急降下する「乱高下」は、強い空腹感や眠気、イライラといった精神的な不安定さを引き起こします。
第2章 ベジファーストの効果
ベジファーストが効果を発揮する理由は、2つあります。一つは食物繊維による吸収遅延、もう一つは消化管ホルモン(インクレチン)による胃の運動抑制です。
野菜、きのこ類、海藻類には豊富な食物繊維が含まれています。食事の最初にこれらを摂取すると、食物繊維が小腸の壁に網目状の「壁」を作ります。
食物繊維の種類と働き
特に水溶性食物繊維は、水分を吸収して粘り気のあるゲル状に変化します。このゲルが、後から入ってくる炭水化物に含まれる糖質を包み込み、消化酵素の働きを物理的に阻害することで、ブドウ糖が血中へ取り込まれる速度を著しく低下させます。これが、ベジファーストがもたらす第一の防御線です。
野菜の次に「タンパク質(肉・魚・卵・大豆製品)」を食べることで、さらに強力な抑制効果が発動します。タンパク質や脂質が十二指腸から小腸上部に達すると、小腸の細胞から「GLP-1(グルカゴン様ペプチド-1)」などのインクレチンホルモンが分泌されます。
GLP-1には、血糖値が高い時にインスリンの分泌量を増やし、胃の出口を閉めて食べ物を胃の中に長く留まらせ、脳に働きかけて食欲を抑制し、満足感を持続させる働きがあります。この「胃排泄能の抑制」が極めて重要です。炭水化物より先にタンパク質を食べることで、後から食べたご飯やパンは、すでにGLP-1によって「足止め」を食らっている胃の中に留まることになります。その結果、糖質が小腸へ移動するスピード自体が遅くなり、血糖値の上昇が劇的に緩やかになるのです。
ちなみにGLP-1と同じ働きをする「GLP-1受容体作動薬」は2型糖尿病や肥満の治療薬として使われています。私も治療のため飲んでいますが、高かった血糖値が見事に下がっただけでなく、食事の量が少なくなり、少し出ていたお腹が引っ込みました。この作用に注目して、最近は「ダイエット薬」としても注目されていることはご存じのとおりです。
第3章 実際の効果の実証
それでは、ベジファーストは本当に効果があるのでしょうか。2型糖尿病患者を対象とした研究では、食事の順番を変える指導を行うだけで、長期的な血糖状態を示すヘモグロビンA1c (HbA1c)が平均して1%程度低下したという報告があります。1%という変化は小さく見えますが、HbA1cの正常値は5.6%以下、糖尿病の可能性は6.5%以上なので、1%は大きな影響といえます。
他方、健常な日本人を対象とした実験によれば、野菜を先に食べた場合と米飯を先に食べた場合では、食後1時間の血糖値ピークが、糖尿病患者で約47mg/dL、健常者でも約26mg/dL低下することが確認されています。
この手法は日本で生まれたのですが、米国などの研究者による追試でもその有効性が証明されています。肥満の2型糖尿病患者に、炭水化物を最後に食べる食事法を実践してもらったところ、炭水化物を最初に食べた場合と比較して、食後血糖値とインスリン分泌量の両方に、最大で50%もの差が生じたことが報告されています。このデータは、単に血糖値を下げるだけでなく、インスリンを分泌する膵臓の負担の節約にも寄与していることを示しています。
多くの臨床試験は数週間から数ヶ月単位の短中期的評価ですが、糖尿病治療の現場では、この食事法を10年以上継続している患者で、合併症の進行が抑制された事例が観察されています。今後は、単なる血糖値の数値だけでなく、血管の健康状態や寿命といった、より長期的な影響が明らかにされることが期待されています。
第4章 血糖の持続測定を用いた実証
腕に装着したセンサーで血糖変動を24時間可視化できる持続血糖測定器の普及が進みました。「親子丼」を使って血糖変動を詳細に追跡した実験の結果を表に示します。
食べる順番と量と時間の影響
一般に「野菜を食べてから」と言われますが、その「量」が不足していると十分な効果は得られません。キャベツ150gという一見十分に見える量であっても、それだけでは血糖値の急上昇を抑えきれなかったのです。しかし、野菜の量を250gまで増やす、あるいは食物繊維が多いブロッコリーなら100gで、血糖値の上昇は正常範囲(+30〜60)程度に収まりました。これは、ベジファーストを成功させるためには「ボウル一杯分」程度のまとまった野菜量が必要であることを示唆しています。
量と並んで重要なのが、野菜を食べてから炭水化物を食べるまでの「時間」です。野菜を食べてすぐに炭水化物を食べると、胃の中で両者が混ざり合ってしまい、物理的な障壁が形成されません。
この実験では、キャベツ150gに「オリーブ油と酢」をかけて摂取し、その後10分間待ってから親子丼を食べた場合、血糖値の上昇は抑えられました。150g単体では効果が薄かったのに対し、時間を空けることでGLP-1による胃排泄遅延が働き、血糖値を抑える準備が整ったと考えられます。
「野菜」という言葉の定義には注意が必要です。ベジファーストにおいて「最初に食べるべき野菜」と「後に回すべき野菜」が存在します。
最初に食べる野菜と後に回す野菜
また、甘く味付けされた煮物や、砂糖の多いドレッシングを使用した野菜料理も糖質が多いので、食事の後半に回します。
野菜の量を補う、あるいは効果を増強させるために「酢」や「油」を利用することも有効です。実験によれば、野菜にオリーブ油と酢を組み合わせて摂取すると、少量の野菜でも血糖抑制効果が高まる傾向が確認されています。これは酢酸による胃排泄遅延作用と、脂質によるGLP-1分泌促進の相乗効果によるものと推測されます。また、忙しい朝などは、食事の30分前に市販の野菜ジュース(砂糖・食塩不使用のもの)を飲むことでも、ある程度のベジファースト効果が得られることが報告されています。
第5章 ベジファーストを超えた「タンパク質ファースト」
最近の研究では、野菜よりも先に「肉や魚」を食べる「タンパク質ファースト」の方が、食欲抑制や筋肉維持の観点で優れているとする説も登場しています。
特に高齢者や痩せ型の人の場合、過度なベジファーストによって先に野菜でお腹が一杯になり、必要なタンパク質を摂取できなくなり、サルコペニア(筋肉量低下)やフレイル(虚弱)のリスクが懸念されます。このような人は、野菜とタンパク質をほぼ同時に、あるいはタンパク質を意識的に優先して摂取しつつ、炭水化物を最後に回すという戦略が有効です。
GLP-1の分泌刺激としては、食物繊維よりもタンパク質や脂質の方が強力です。したがって、血糖値を下げる「力」そのものは、タンパク質を先に摂取した際の方が強く現れることもあります。重要なのは「炭水化物を単独で最初に食べない」という点にあり、野菜またはタンパク質、あるいはその両方を先行させることが、代謝を安定させる共通の鍵となります。
第6章 世界の状況
ベジファーストは、日本で有名になっていますが、世界的には議論が続いています。ハーバード大学の研究者らが指摘するように、「食べる順番」という概念がこれほどまでに強調され、検証されているのは日本だけです。欧米の栄養学では「地中海食」や「ダッシュ食」といった「何を食べるか」ということのほうに重点が置かれています。米を主食とし、おかずが並ぶという日本独自の食文化では、順番の変更が最も簡便で実行可能であったことが背景にあると考えられます。
「洋食」では食事の最初に野菜サラダを食べる習慣があるように見えますが、実はこれは米国で広がった文化で、第二次世界大戦後のカリフォルニア州のレストランから始まったと言われています。当時のレストランは、ステーキなどメイン料理を調理するのに時間がかかっていました。お腹を空かせたお客さんを退屈させないために、「料理ができるまでのつなぎ」として先にサラダを出したのがきっかけだったという説があります。
一方で、美食の国として知られるフランスやイタリアでは、今でもサラダをメイン料理の「後」に食べるのが正式なマナーとされ、最初にサラダを食べてお腹を膨らませてしまうアメリカ式は、少し不思議に映ることもあるようです。
第7章 「日本人の食事摂取基準(2025年版)」から削除
日本の健康政策の指針となる厚生労働省の「日本人の食事摂取基準」は5年ごとに改訂されます。2025年版では、それまで注目されていた「食べる順番(ベジファースト)」の項目が事実上削除されました。この変更には、いくつかの背景があります。
「食事摂取基準」の役割は、タンパク質やビタミンといった「どの栄養素を、どのくらい摂るべきか」という量的な基準を定めることです。ベジファーストのような「食べ方(順番)」は、栄養素の摂取量そのものではなく摂取後の反応に関するテクニックであるため、整理されました。
「ベジファースト」という言葉が独り歩きした結果、「最初に野菜の一切れでも食べれば、あとは何をどれだけ食べても大丈夫」といった誤解が広がりました。たとえば、「サラダを最初に食べたから、その後の大盛りラーメンもチャラになる」と思い込んでしまうケースです。しかし、実際には全体のカロリーや栄養バランスが崩れていれば、健康効果は得られません。こうした極端な解釈を防ぎ、「野菜・肉・魚を含めた炭水化物以外のものを先に食べる(非炭水化物優先)」という、バランスの取れた考え方へシフトさせようとしています。
野菜を最初に食べることにこだわりすぎると、食物繊維による満腹感で、本当に必要なタンパク質やエネルギーを摂りきれなくなるリスクがあります。特に高齢者においては、筋肉量が減るフレイルが大きな健康課題となっており、順番よりも「しっかりと全体の栄養を摂ること」を優先すべきという判断が働いています。
ベジファーストの血糖抑制効果は確かですが、減量(ダイエット)については、その長期的な効果がよく分かっていません。海外のガイドラインでも食べる順番を推奨する例は少なく、日本独自のルールが過剰に一般化されすぎたという反省もあります。
おわりに
理論的には、「野菜→タンパク質→炭水化物」という食べる順番(ベジファースト)は、消化管の物理的障壁とホルモン応答を利用した、合理的な食事療法です。しかし、最新指針が示唆するように、順番はあくまで「健康を支える一つの手段」に過ぎません。たとえば、午後のお茶の時間に甘いケーキやアイスクリームを食べますが、その前に野菜を食べる人はいないでしょう。ベジファーストに縛られすぎて、食事の楽しさや全体のバランスを損なわないよう、広い視野で食事を捉えることが、「賢い食べ方」といえるでしょう。
註:この記事は、唐木英明氏のnote『東大名誉教授の生物学講義』 2026年4月26日の記事を許可を得て、一部編集の上、転載させていただきました。オリジナルをお読みになりたい方は『東大名誉教授の生物学講義』をご覧ください。
筆者唐木英明(食の信頼向上をめざす会代表、東京大学名誉教授) |



