寄付 問い合わせ AGRI FACTとは
本サイトはAGRI FACTに賛同する個人・団体から寄付・委託を受け、農業技術通信社が制作・編集・運営しています
ラウンドアップ裁判で発がん性の科学的評価は争われなかったにもかかわらず、被告モンサントの不法行為が認められ、敗訴したのはなぜでしょうか?
A ラウンドアップ裁判では何が立証され、なぜ農薬大手のモンサントが敗訴したのでしょうか。原告が勝訴した3つの裁判のうち、初めてモンサントに勝った「ジョンソン事件」(原告は学校の校庭整備の仕事で使ったラウンドアップが原因で悪性リンパ腫を発症したと主張。判決は賠償金3億ドル「約320億円」、後に7850万ドル「約86億円」に減額の支払いを被告に命じた)を例に見てみましょう。
原告側の主張と被告側の主張
原告側の主張は「ラウンドアップが被告のがんに影響を与えた可能性があり、その潜在的な危険性について被告は認識していたにもかかわらず、警告を発していなかった」に集約されます。
一方、被告側のモンサントは、「ラウンドアップに発がん性はないと認められているので、原告の健康状態との間に科学的な因果関係はない。因果関係がないのだから、危険性を故意に知らせなかった過失など存在しえない」という主張でした。
心証が左右する
しかし、不法行為を争う裁判では、そんな「ないないづくし」の冷たい論戦の仕方では一般市民から選ばれた陪審員を説得することはできません。なぜならラウンドアップで人身被害を被った主張の立証責任は原告側に完全に委ねられてしまい、裁判を通して、モンサント側の発言機会がほとんどなくなってしまうからです。原告側の主張が続くなか、陪審員にラウンドアップのせいで病気になったと少しでも思われてしまえば負けてしまいます。
実際、裁判は原告側弁護士の独壇場となり、陪審員の感情を揺さぶるような証言、証拠を次々と繰り出しました。
弁護士の法廷テクニック
作業中、薬剤タンクのホースが外れてラウンドアップを全身に浴びた日のこと、そのあとに末期がんに侵され、余命わずかと診断された日のこと、家族と安らかに過ごす人生の後半が奪われたことなど、原告の悲話が続く。その間、ラウンドアップの危険性についてモンサントに何度も問い合わせたが、一切返答はなかったといった事実も交える。被告の故意を浮き彫りにするためです。
そのうえで、医療関係者を呼び、「ラウンドアップを全身に浴びると、皮膚の細胞を貫通し、(細胞の)組織に入り込み、そしてリンパ系、最終的に血液に達します」「私の医学的確信において、職場や農場でラウンドアップに接触する人にとって、それは実質的ながんの原因であると思います」と証言させました。
そして、陪審員に原告ジョンソン氏の痛々しい病変の画像を見せながら、「彼が2020年まで生き残れる可能性はほとんどありません」と締めくくります。
あとは、その潜在的な危険性をモンサントは以前から認識していたのに、ユーザーに告知する義務を怠った「過失」やその「悪質性」を印象付ければ勝ち。とくに故意の悪質性が認められれば、賠償額は懲罰目的で高騰する傾向にあります。
原告側は感情で勝負し、モンサント側は科学で勝負。しかし結果は……
原告側弁護士は過失と悪質性の根拠として2つの証拠を挙げました。1983年、モンサント社に納品された実験記録の内容(マウス実験でがんとの因果関係を示唆するものとされているが、原文未公開のため詳細は不明)と、グリホサートに発がん性がないと評価した米国環境保護庁(EPA)の担当者がモンサント社員と連絡を取っていたという“疑惑”です。化学物質のリスク評価は厳密な科学の作業であり、その方法と結果はすべて公表され、検証されるので、だれが行っても同じ結果になります。
また、リスク評価の世界では、規制庁、大学、企業をぐるぐる回る人事交流は日常的に行われていて、彼らの間で情報交換が行われたとしてもそれが不正を意味するものではありません。しかし、どちらも陪審員の心を動かすには十分な“疑惑”でした。
この2つの疑惑と、さらに国際がん研究機関(IARC)が「グリホサートにはおそらく発がん性がある」という発表を組み合わせ、モンサントは長年にわたって、グリホサートとがんの科学的な関連性を認識しておきながら、ユーザーに対して警告を発しなかったばかりか、会社ぐるみでその科学的な事実をも隠蔽してきた。その結果、死に絶えているのがジョンソン氏であり、ほかに同じ病に侵された数千人の人々がいる、と主張しました。
これに対してモンサント側は、世界の食品安全機関が一致してグリホサートには発がん性がないと証明している以上、モンサントが警告を発する必要性はなかったと主張しました。原告側は感情で勝負し、モンサント側は科学で勝負しようとしたのです。人間は科学ではなく感情で判断するという心理学を応用したのは原告側だったのです。
これで勝負あり。原告側弁護士のほうが陪審員の心を掴むのに長けていたというわけで、陪審員は全員一致で原告の主張をすべて認定したのです。
回答者唐木英明(公益財団法人食の安全・安心財団理事長、東京大学名誉教授) 編集担当清水泰(有限会社ハッピー・ビジネス代表取締役 ライター) 回答日2020年1月15日 |
コメント