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第16回 不安のキメラとしてのオーガニック給食【分断をこえてゆけ 有機と慣行の向こう側】

コラム・マンガ

みどりの食料システム戦略を機に一段と脚光を浴びるオーガニック給食。好意的に受け止められる一方で、その“運動”はさまざまな負の側面をはらんでいました。その一因にはコロナ禍による猛烈な分断と先鋭化の進行にあるのではないかと見ます。間宮さんは、情報発信のベースとなるSNSへのかかわりを含め、どう対処していったらいいのか検討するのでした。

話せばわかる?

思えば最近、Twitter以外のSNSをまったくといっていいほど使っていない。

そのTwitterにも、ここでのコラム関連の話題以外ほとんど書き込んでいないので、さぞいつもデマばかり追いかけて、オーガニックに怒っている人と見えているかもしれない。

全然そんなことはないです、と弱々しくも否定しておきたい。

例えば数年前に退職したオーガニックカフェの仲間たちとは、今でも和気藹々と仲良くさせてもらっている。

もしかしたら(もしかしなくても)多少、考え方の異なる部分はあるかもしれないが、日常会話のなかでそれが表面化することはあまりないし、一方でここぞと判断した際には然るべき情報提供や注意喚起もしている(種苗法改正騒ぎの際など)。

Twitter等では「自然派」というカテゴリにまとめて冷笑的に括られるかもしれない人々のなかにも色々なグラデーションがあるし、ひとりひとりの人格にも多面性や奥行きがある。

ベースの人間関係さえあれば、意見は違っても聞く耳は持ってくれる。

もちろん、相手やシチュエーションによって言葉選びは慎重に変えている。

コラムやTwitterの言葉遣いをそのまま持ち込むことはあまりないし、特にすでに不安を抱いている人に対しては、デマや陰謀論といった強い言葉はなるべく使わない。

そうやって丁寧なコミュニケーションを重ねていけば、いつか分断は乗り越えていける──。

そんな楽観的な自信が大きく揺らいだのが、2021年だった。

オーガニック給食の背景を知る

2021年のオーガニック界隈を振り返り、特に明るいニュースとして受け止められていたのは、(農業現場との温度差はさておき)「みどりの食料システム戦略発表」「オーガニック給食運動の盛り上がり」だ。

個人的に、給食に有機の食材を使うこと自体に何も反対はない。

地域の真っ当な有機生産者から適切に仕入れるのは各自治体や学校で自由に行えば良いと思う。

日本のオーガニック給食運動が、現在一部SNS等で言われるように「自然派ママ」たちの暴走や、運動家の暗躍で100%占められるかといえば、そこまでは言いきれない。

そのような単純化はかえって陰謀論めいている。

例えば先行事例の欧州では環境保護政策の一環としての公共調達と位置付けられ、そもそも日本ほど健康や安全性に主眼が置かれていない。

また、国内では千葉県いすみ市の事例がターニングポイントで、有機米導入で生じる差額を市の予算で補填したが、その後に移住者が増えたこともあり、全国の多くの自治体や農水省までもが関心を示した。

これら政策への賛否は別として、そういう背景を丁寧に追わずにまとめてトンデモと斬り捨ててしまうと実態が見えなくなるし、かえって分断を招く。

コロナ禍とオーガニック給食

ただ、過去の連載でも指摘してきた通り、残念ながら日本のオーガニック給食運動はさまざまな負の側面を含んでいるのも事実だ。

そこにブーストをかけた一因はおそらく「コロナ禍による猛烈な分断と先鋭化」の進行だった。

前述したような自治体などの関心、あるいは運動家の動きだけではなく、現在のオーガニック給食運動では草の根の保護者たちの署名運動や自治体へのはたらきかけが活発化している。

だが、それらがコロナ禍において反ワクチン・反マスク等の信念と融合した強力なエコーチェンバーのなかで急拡大を見せたことには、もう少し注意が払われる必要がある。

仮に既存の給食への不満感が背景にあるのだとしても、それだけではこの短期間での急速な運動拡大は説明がつかない。

一方で、推進母体となるさまざまな団体や中心人物のウェブサイト・SNSを確認すれば、多くの場合、過激な反ワクチンや陰謀論を掲げている人物のバックアップが容易に確認できてしまう。

このことは、本来なら単に「オーガニック給食の導入」を目的とするはずの運動とその結束が、まるで関係ない別の世界観によって下支えされていることを示唆する。

だとすれば、彼らの要求はオーガニック給食が実現されても終わることはなく、思わぬ方向にエスカレートしていくかもしれない。

不安のキメラ

すでにマスメディアでも広く報じられているように、コロナ禍への不安や不満を吸収してみるみる膨れ上がったデマや陰謀論は、家庭崩壊や友人を失うといった形で人間関係を深く傷つけ、国によってはワクチン接種の遅れによる感染再拡大をもたらすなど、社会に甚大な被害を与えている。

それらは主にSNSを通じて、本来関係ないはずの分野にまで入り込み、融合し、目を覆いたくなるような勢いでキメラ化していった。

例えば食の安全に関心を持つ人々のあいだに「自然な食事で免疫力を高めればコロナにかからないし、ワクチンも必要ない」といったステレオタイプの誤りが容易に蔓延した。

これがもし「自然な食事」への素朴で過剰な信頼だけから発せられるものなら、対話の余地もあるが、実際にはこの一言に国や企業への不信感、医療への忌避感、ワクチンやコロナそのものへの不安と反発、それら全てにつけこむ陰謀論など、さまざまな要素が含まれている。

あろうことか、反農薬やオーガニックを掲げるインフルエンサーたちが自ら、そうした陰謀論を率先して取り込み、彼らの顧客が従来から抱いている食への不安感と融合させ、キメラ化を促してきた。

コロナワクチンの成分にグリホサート(農薬)が含まれている、というデマはその象徴だ。

「オーガニック給食を実現すれば良いことがある」の背後にも「実現しないと恐ろしいことが起きる」という脅しが随時、差し込まれる。

インフルエンサーの罪

ただでさえ人との接触機会が限られ、不安で心細いコロナ禍に、普段から頼りにしているインフルエンサーの言葉にすがりたくなる、その心情まで無闇に責めることはできない。

だからこそインフルエンサーの側がこの間、どう振る舞ってきたのかはより厳しく検証される必要がある。

例えば今年公開された「食の安全を守る人々」という映画は、オーガニック給食を肯定的に取り上げる一方で、「ワクチンデマの発信元12人」の一人として繰り返しその名が報道されているロバート・ケネディJr氏も出演し、好意的に描かれている。

この映画をプロデュースしているのは元農水大臣の山田正彦氏で、現在も全国のミニシアターや市民企画のイベント等で、山田氏のトークとセットで上映されることも多い。

山田氏はFacebookでケネディJr氏との対話を引用しつつ、HPVワクチンの積極勧奨再開に反対の投稿をするなど、ケネディJr氏の活動に賛同する姿勢を隠そうともしていない。

さすがにまずいのではないかと思うのだが、今日に至るまでオーガニックの関係者からこれを懸念する声を聞いたことは一度もない。

あるいは、長く顔を合わせていない友人が、SNSでコロナの荒唐無稽なデマ・陰謀論をシェアしている投稿に出くわし、戸惑う。

そんな経験をした人も、2021年は特に多かったと思う。

僕のように元々オーガニックや自然な暮らしを好む友人が多ければ、なおさらその傾向は強い。

もちろん、オーガニック系のインフルエンサーの影響が大きい。

それを見たこちらは当然、落ち込むことになる。

いつの間にこれほど先鋭化していたのか、本当は元からそうだったのか、こうなる前に何かできることはなかったか……。

次にどんな顔で会ったらいいのだろう、と考えるうちに、Facebookを開くことも書き込むことも徐々に億劫になっていく。

SNSの「しょうもなさ」

日経サイエンス2021年8月号の記事「SNSがしょうもない情報であふれるメカニズム」では、ソーシャルメディアは否定的な考え方や感情をより増幅するという研究が紹介されている。

ある実験では、原発や添加物について、肯定的/否定的な情報を同量与えて伝言ゲームを行うと、連鎖のなかで否定的な情報の比重が増えていく「リスクの社会的増幅」が観察された。

また、その影響で原発や添加物に否定的感情を持った人に、大元のバランスが取れた情報を示しても、否定的な姿勢はほとんど変わらなかった。

「社会的拡散は否定的な情報を“粘着性”にする」という。

ただ、SNS自体にこのような性質があるのだとすれば、デマを憂慮する側だけがそこから自由でいられるとは限らない。

先日企画したTwitterスペースで久松農園の久松達央さんは「農業デマばかりが流れてくる嘆かわしいタイムラインもまた、我々が作り上げてしまっているひとつのフィルターバブルではないか」と指摘した。

だとすれば、SNSにデマが溢れているとしても、それと戦うための土俵はそもそもSNSではないのかもしれない。

もしコロナ禍が少しずつでも明けてゆくなら、2022年はもっともっと、人に会いに行こうと思う。

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※記事内容は全て筆者個人の見解です。筆者が所属する組織・団体等の見解を示すものでは一切ありません。

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