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Vol.3 オーガニック給食が社会問題化した日 品川区から見る問題の本質とこれから【オーガニック問題研究会マンスリーレポート③】
2025年2月、都内の品川区長が公立学校給食の野菜を全て有機農産物に切り替えることを突然発表し、波紋を呼んでいます。(※1)
https://www.city.shinagawa.tokyo.jp/PC/kuseizyoho/kuseizyoho-koho/yosanpress/20250205132448.html
いわゆる「オーガニック給食」を推進する動きに対しては、かねてよりAGRI FACTの記事や一部の農業関係者などから問題を指摘する声があったものの、一般メディアで批判的に報じられる機会はごく限られていました。私の知る限り、ここまで大きな批判が上がったのは初めてのことです。
この状況をなぜか「賛否両論」と表現する記事も見られますが、外部から見えている限りはごく一部を除き大半が批判や疑念の声で埋め尽くされています。
区民らによる反対署名が立ち上がっていますので、詳しい経緯や問題点についてはぜひ署名サイトをご覧ください(品川区への署名提出は2025年3月3日(月)を予定)。
品川から見える、オーガニック給食推進の本質的な危うさ
現在、オーガニック給食の取り組みは全国の自治体に広がっており、農水省の発表によれば令和4年度時点で全国193市町村にまで拡大しています。(※2)
自治体主導の一般的なオーガニック給食は、有機農産物の販路確保の施策と位置付けられるため地産地消が前提になっており、区内に農地を持たない品川区とは前提が異なる部分があるものの、オーガニック給食推進の本質的な危うさは共通しています。
品川区はそれが象徴的に浮き彫りになった事例と言えるでしょう。
オーガニック給食については、これまでおこなわれてきた批判からすでに論点はある程度出揃っています。
品川区の例に沿って二点挙げてみましょう。
- 有機農産物に対する誤った認識を根拠にしている点
- 当事者不在という指摘
まず推進の根拠そのものが、農業についての不正確な情報や認識、信念に基づき、それに依拠している点です。
特に、安全性や品質において有機栽培こそ一律に優れている(その反面として慣行栽培=危険で品質に劣る)という誤った考え方に基づく市民運動や署名活動が各地で展開されていること、また政治家や自治体がそれらを黙認して利用するような施策をとっていることなどが問題視されてきました。
品川区の森澤区長も同様に、予算計上の理由に「有機農産物の方がより安全安心で、健康増進に資する」と掲げたことで批判されています。
その後、森澤区長は2025年2月13日、Abema TVのニュース番組に出演しましたが、本件が問題になって以来初の弁明の機会であったにも関わらず、その根拠を問う司会者の質問には全く回答できませんでした。(※3)
なお「オーガニック給食研究家」を自称する人物のブログによれば、2024年9月に映画『夢みる給食』の上映会が品川区内で開催されたことをきっかけとして、区民の「ママたち」から区長や区役所に対してオーガニック給食を求める働きかけがおこなわれていたということです。
映画『夢みる給食』は、オーガニック給食によって子供が健康になると主張しているドキュメンタリー作品です。
有機農業関係者からも上がる「当事者不在」の指摘
品川区のケースにおいては多くの有識者らが指摘している通り、いざ実施しようとすれば予算の確保、安定的な調達、調理現場の負担などの諸問題は当然考えられるのですが、それらはあくまで実施を前提としたオペレーションレベルの課題です。
オペレーション以前の「なぜやるのか」の根拠そのものが間違っている、または著しく解像度が低いため、導入自体に目的合理性がない、掲げる目的に対して選択する手段が誤っていると言えます。
あえて公金で補填してまで「有機農産物」を指名して採用する必然性が、「自治体主導の販路確保」という以上にほとんどないにも関わらず、その正当性を担保するために「安全安心」「健康」という誤ったストーリーに依拠せざるを得ない。
この点は全国各地のオーガニック給食に共通する問題です。
「子供たちのために」という美しい題目を掲げていながら、実際には単に大人たちの思惑や都合で、政治的パフォーマンス、行政・省庁の実績づくり、市民運動などに利用されてしまっている。
今のオーガニック給食推進は「当事者不在」の状態に陥っているのではないかという懸念は、むしろ推進の現場に近い有機農業の生産者や研究者から聞こえてきています。
当事者とは、もちろん児童生徒たちのことです。
品川区のケースでも中学生から寄せられた「もっと美味しい給食を」という要望を、有機農産物の導入理由に恣意的にすり替えている点が批判されています。
メディアの無責任な報道
こうした歪なオーガニック給食推進を安易に好意的に取り上げてきたメディアの責任も指摘しておきたいと思います。
これまでオーガニック給食をめぐる報道は、ほぼ全て肯定的な内容で占められてきました。
それが十分な取材に基づいていればまだ良いのですが、学校で児童生徒がオーガニック給食を食べる場面や、市民団体が導入を求める署名を自治体に提出する場面などは、批判的検証も掘り下げもなく、右から左へと安直に記事化されることが続いてきました。
とりわけ地方ローカルメディアでこの傾向は顕著です。
メディアにとっては当たり障りなく扱いやすい素材として映っていたのだと思いますが、仮に肯定的なトーンで取り上げるとしても、農業者や専門家から指摘されている課題点を併記することはできたはずです。
今回、品川区を通じて炙り出された課題点をこれまで認識していなかったのであれば単に怠慢です。
逆に、認識していながら触れなかったのだとすれば、メディアの果たすべき社会的使命の放棄です。
今後の変化に期待します。
アンチオーガニック派が騒いでいる?
これまで大規模なフォーラムを開催するなどしてオーガニック給食を全国的に推進してきた各民間団体は、今のところ公式には品川区の件には言及していないようです。
大きな反発を受けたとき、なかにはこれを「アンチオーガニック派が騒いでいる」「既得権益層が抵抗している」といった捉え方をする人も現れると思います。
不都合な声に対して、陰謀論的な思考で認知を歪ませることによって問題を矮小化し、自分たちは不当に攻撃されている側であるというストーリーに変換してしまう。
そのような誘惑に負けず、何が間違っていたのかに向き合うこと、公正な議論によって自分たちの方向性を顧みること、問い直すことができるかどうかが、今後推進側には問われると思います。
炎上頼みのパワーゲームに陥らないために
一方でオーガニック給食を問題視する側としてもSNSの「炎上」に便乗するかたちの安易な批判は避けるべきです。
今回の件は都心の品川区で起きたためか、さまざまな著名人もSNS上で批判的に言及しています。
しかし、有機農業や有機農産物について基本的な知見が不足しているインフルエンサー等の反対意見に「反対してくれているから」というだけの理由で迎合してしまえば、せっかくの機会が炎上頼みのパワーゲームに陥りかねません。
それでは「オーガニック給食に変えなければ子供の発達障害が増える」などの卑劣な誤情報を撒き散らし不安につけこむ人々や、それを黙認する人々と大して変わらなくなってしまいます。(※4)
冒頭に紹介した署名運動の具体的な要求は【「子どもたちのための給食」になるよう、性急な実施は行わず、今一度、子どもたち、保護者、区民(納税者)、給食関係者との対話の場を設け合意形成する】という点に集約されています。
開かれた場での民主的な対話と再考を求める穏当な内容で、決して強硬な主張ではありません。
彼らが口先だけで子供たちの方を向いていないのであれば、私たちは批判を批判に終わらせず、科学的知見や農業現場の声を丁寧に拾い上げ、フェアな議論を通じて「子供たちの方を向く」あり方を示すことで、不毛な論争を乗り越えていけるはずです。
(※1)資料の見出しには「オール有機野菜」と書かれているが、すぐ下には特別栽培農産物(有機ではない)も併用する旨が書かれており、この時点ですでに一貫性がなく矛盾しています。
(※2)ただし恒常的に有機農産物を使用する自治体は現時点で限られており、193自治体のなかには年に数回程度イベント的に有機農産物が利用されるケースなども多く含まれています。
(※3)「オール有機野菜で学校給食」狙いは? 子育て政策続々…なぜ実現? 品川区長を直撃(ABEMA Prime 2025年2月13日放送)
(※4)一例として、オーガニック給食議連の共同代表を務める川田龍平参議院議員が「オーガニック給食で発達障害の症状が改善できる」と投稿し、問題になったことは記憶に新しいところです。
立憲議員が「オーガニックで子どもの発達障害の症状が改善」と投稿。専門家は「魔法の薬なんてない」と指摘(ハフポスト日本版 2023年12月15日)
「オーガニックで発達障害が改善」川田議員の投稿に根拠は? 「科学的な真摯さ」に基づきできることは(ABEMAヒルズ2023年12月16日)
【オーガニック問題研究会マンスリーレポート】記事一覧
筆者熊宮渉(ダイアログファーム代表) |