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第1回 ラウンドアップと枯葉剤は全くの別物 ― デマの核心【ラウンドアップ「枯葉剤」説の虚構 “反農薬・反GMO・反資本主義” 活動家が作った構造的デマ】

ラウンドアップ「枯葉剤」説の虚構

除草剤ラウンドアップ(有効成分グリホサート)ほど誹謗中傷される農薬はない。とくにインターネットを中心に流布されているのが「ベトナム戦争の枯葉剤と同じものだ」「ダイオキシンが含まれている」という類の言説だ。むろんこれら「ラウンドアップ≒枯葉剤」と見なす言説はすべて、科学的・歴史的根拠に基づかないデマである。しかも成分・作用機序・開発経緯が異なる二つを同一視して不安を煽ることは現代の農業技術・農業経営への不当な攻撃であり、絶対に見過ごすことはできない。

成分がまったく異なる

ラウンドアップと枯葉剤の構成成分と作用機序を比較してみる。ベトナム戦争で米軍が使用した枯葉剤「エージェント・オレンジ」は、

  • 2,4-ジクロロフェノキシ酢酸(2,4-D)
  • 2,4,5-トリクロロフェノキシ酢酸(2,4,5-T)

の混合物である。米国防総省はこの2種類の成分を「50:50(体積比)」で混合することを製造業者に指示していた(DoD, 2008)。とくに2,4,5-Tの製造過程で生成される副産物に、強い毒性を持つダイオキシン類(TCDD)が含まれることが問題となった。

一方、ラウンドアップの有効成分グリホサートは、フェノキシ酢酸系とは化学構造も作用機序もまったく異なる。植物のアミノ酸生合成に不可欠なEPSP合成酵素を阻害することで作用する。

つまり、作用機序も化学構造も、枯葉剤とは無関係なのである。また、化学的にグリホサートがダイオキシン類を含むことはありえない(詳細は第5回に)。

元農水大臣が稚拙な非論理デマを放言

ラウンドアップと枯葉剤を同一視する言説がやまないのには理由がある。社会的影響力を持つ人物がデマの発信源になっているのだ。その一人が元農水大臣の山田正彦氏である。

「実は、私たちが普段使用しているラウンドアップは、主成分はグリホサートでベトナム戦争の枯葉剤と同じ成分。モンサントがあの枯葉剤を作った。植物のアミノ酸生産経路を壊すから植物はみんな枯れる仕組み」(2023年4月2日講演、南九州新聞4月8日付報道より)と元農水大臣の山田正彦氏が公の講演会(主催:鹿屋・大隅の食と農の未来を考える鹿屋市議会有志の会)で語っている。

山田氏をはじめとするラウンドアップと枯葉剤を同一視するデマ発信者には共通点がある。「ベトナム戦争の枯葉剤を作ったのはモンサント」という主張を挟み込むところだ。

これは「同じ企業が作った=同じもの」とする極めて短絡的な印象操作。当然だが、企業が同じであっても、製品の中身や科学的性質が同じとは限らない。これは「同じ自動車メーカーが戦車も作っていたから、乗用車は軍用車と同じだ」という主張と同レベルの稚拙な非論理である。

モンサントは枯葉剤を開発していない

そもそも「ベトナム戦争の枯葉剤を作ったのはモンサント」という主張自体も歴史的な事実に反する。

実際には、枯葉剤(エージェント・オレンジ)は米国防総省(DoD)が設計・主導し、成分・配合比率・製造仕様まですべて政府が定めた軍用除草剤である。モンサントは民間企業として、それを「委託生産」した一社に過ぎない。開発者でもなければ、除草剤成分の選択権も変更権限もなかった。

米国政府が軍用除草剤を開発・使用した目的は、南ベトナムにおけるゲリラ戦(特にベトコン)への対応として、ジャングルや森林の植生を枯らし、敵の隠蔽・潜伏を困難にすることにあった。視界を確保し、補給路や武器貯蔵庫を可視化することで、軍事的優位を確保する意図があったのである。これは市販の除草剤を転用したのではなく、フォートデトリックの陸軍化学兵団が1957年から1967年にかけて軍事使用に特化した処方を選定・試験した上で導入された。

また、エージェント・オレンジが大量生産されベトナムで使用されたのは1965~1970年にかけてである。一方、ラウンドアップ(グリホサート)はその数年後の1970年に初めて米国で特許申請され、1974年に一般農業用として販売が開始された。両者は「製造年代」も明確に異なる別個のモノであり、時系列的にいっても「ラウンドアップ=枯葉剤」という連想はまったく成立しえない。

当時、枯葉剤(エージェント・オレンジ)を製造した企業には、以下の化学メーカーが含まれる。

ダウ・ケミカル(Dow Chemical)、モンサント(Monsanto)、ダイヤモンド・シャモロック(Diamond Shamrock)、ハーキュリーズ(Hercules Inc.)、アメリカン・シアナミッド(American Cyanamid)、フックー・ケミカル(Hooker Chemical)、ユニロイヤル(Uniroyal)、トンプソン・ケミカルズ(Thompson Chemicals) など。(出典:U.S. Department of Defense, 2008年報告書, p.12)

このうち元請け企業で最大供給元は当初ダウ・ケミカルだった。しかし、求められた製造能力を満たさなかったことから、米国防省の要請によりモンサントなど複数企業による分散供給が始まったというのが実態である。

ラウンドアップ開発のモンサントは旧モンサントと別法人

「ラウンドアップを開発したモンサントが枯葉剤を作った」というデマには、「現代企業のモンサントと枯葉剤の製造元(受託生産)となったベトナム戦争当時のモンサントと同一企業」という前提が含まれているが、これも正しくない。

1960年代に枯葉剤を製造していた旧モンサント(化学会社)は、2000年にG.D. シェール(G.D. Searle & Co.)およびファルマシア・アンド・アップジョン(Pharmacia & Upjohn)と合併してPharmacia社となった。その後、Pharmaciaは2002年に製薬大手ファイザー(Pfizer)に買収され、化学事業の大半は吸収・消滅しているからだ。

現代企業モンサント社はその際にスピンアウトされた農業部門が独立した別法人であり、旧モンサントの法的継承企業ではない(※出典:Pfizer合併履歴)。ラウンドアップを開発・販売したモンサントは、「枯葉剤製造元のモンサント」とは資本関係も法的連続性も持たないというのが事実なのである。

そのモンサント社ですら、2018年にドイツのバイエル社に買収され、法的には消滅している。

現代生活・科学農業に害をなすレッテル貼り

「(旧)モンサントが枯葉剤に関わったから、ラウンドアップも危険に違いない」という論法は、科学的にも歴史的にも根拠のない連想バイアスに過ぎない。実際には6社以上の請負企業が存在していたし、モンサントは旧モンサントの法的継承企業ではない別法人であった。そうした事実や事情を無視して特定の企業に悪を帰する手法は、扇動的な陰謀論の典型でもある。

これら一連の印象操作により、ラウンドアップという現代農業の基盤技術が、根拠のない恐怖と敵意にさらされてきた。いま必要なのは、製品の成分・用途・開発経緯を正しく理解し、誤解に基づくレッテル貼りから脱却することだ。

過去の悲惨な戦争に対する感情的な反発を、現在の農業技術と無根拠・無差別に結びつけることは、科学にも農業にも害をなす。本連載ではデマの起源と構造を解き明かし、正確な知識に基づく理解を提供していく。

 

参考URL

 

筆者

浅川芳裕(農業ジャーナリスト・アドバイザー/AGRI FACT編集委員)

編集担当

清水泰(有限会社ハッピー・ビジネス代表取締役 ライター)

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