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私が食品添加物より怖いと思うもの:39杯目【渕上桂樹の“農家BAR Naya”カウンタートーク】
「無添加だから安全・安心」を謳った焼き菓子が起こした食中毒事件で、食品添加物が話題になっています。私もたびたび「食品添加物って気にしたほうがいいの?」と聞かれることがあります。私は専門家ではありませんが、仕事柄食品の安全に関わることがあるので、今回は食品添加物(主に保存料)について感じたことを述べようと思います。
食品安全で気にすべきは食品添加物ではなく、食中毒
私は、食品添加物を特別に怖がる必要はないと思っています。
もちろんこれは、普通に流通している食品を常識の量で食べる場合です。
もし気をつけることがあるとしたら、保存料を使う加工食品は塩分や油分、糖分を多く含むものが多いので、食事のバランスを考えた方が良い、という程度です。
私は内閣府の食品安全委員会のモニターとして学んだり、事業者向けの講習会で学ぶことが多いのですが、そこで感じたことは「通常の食生活をしている限り、健康への悪影響を心配する必要はないんだな」ということです(残留農薬もそう)。
実は、食品添加物のリスク認識は専門家と一般消費者で大きなギャップがあります。
グラフによると、専門家がリスクの大小をどう認識しているかがわかります。
https://agrifact.jp/pesticide-commentary10-8/ より
食品安全の世界でいちばん気にすることがあるとしたら、それは病原性微生物による食中毒のリスクです。
これは、どの講習会に行ってもいちばん言われることですし、実際の食品の事故のほとんどは食中毒によるものです。
そして、しっかり完璧に管理するのはなかなか大変なものなんです。
食品添加物のリスクも無くはないかもしれませんが、それを心配するのは初心者ドライバーが飛行機事故を心配して空を気にしながら運転しているようなものだと思います。
食品安全技術の一つが食品添加物
「でも、食品添加物はできることなら使わないのに越したことはないんじゃないの?」と思う人もいるかもしれませんが、それはちょっと違います。
なぜなら、保存料などの食品添加物は、菌の繁殖を防いで食品安全に貢献しているからです。
1955年ごろには食中毒による死者が毎年数百人いましたが、保存料や殺菌料の発達によって2022年はわずか5人にまで減少しています。
食品の安全を保つ様々な技術の一つが食品添加物なのです。
では、食品添加物がなかった時代はどうだったのでしょうか?
保存のためによく使われていたのが「塩」です。
「塩は天然だから安全!」という単純な話でもなく、塩分の摂りすぎは脳卒中や心筋梗塞のリスクにつながることはよく知られています。
食品の保存を塩に頼るのは、健康リスクが付きものでした。
例えば、厳しい冬の間に雪に閉ざされる長野県では、野沢菜漬けを多く食べていました。
そのため、かつては脳卒中に悩まされていて、1980年のデータでは脳卒中死亡率が全国ワースト3位でした。
しかし、30年に渡って取り組んだ減塩運動の結果、2020年の都道府県別平均寿命で女性が4位、男性が2位になりました。
このように、食品添加物を使わなければその分リスクが減るのではなく、食中毒や生活習慣病など別のリスクが増えてしまう場合があるのです。
ここで強調しておきたいのは、「添加物さえ使えば食中毒のリスクを減らせる」というわけではないことです。
そして、「無添加だから危ない」と言うつもりはありません。
添加物は単なる道具です。
ですが、技術と努力の積み重ねによって作られた道具です。
他の道具や技術と合わせて正しく使うことで食の安全は改善されてきました。
冷蔵・冷凍庫、低温流通、電子レンジ、パウチなどの技術と並んで、私たちは食品添加物の恩恵にあずかっています。
この中でなぜか食品添加物だけわるもの扱いされることがありますが、時々貢献を想像してみても良いと思います。
以上が、私が食品添加物を怖いと思わない理由です。
本当に怖いのは食中毒です。
もしほかに怖いものがあるとすれば、それは、命に関わるリスク管理を疎かにして、根拠なく「無添加だから安全・安心」と謳う不誠実な商売です。
【渕上桂樹の“農家BAR Naya”カウンタートーク】記事一覧
筆者渕上桂樹(ふちかみけいじゅ)(農家BAR NaYa/ナヤラジオ) |