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Vol.7 彼女がマルチ食品を食べる理由~前編~【不思議食品・沼物語】

コラム・マンガ

科学的根拠のない、不思議なトンデモ健康法が発生する現象を観察するライター山田ノジルさんの連載コラム。Vol.7からは再び、驚くべき言説で広まる不思議食品にハマった家族の悲喜劇を、物語の形式でお届けします。マルチ食品の沼に堕ちた人々の行く先は。
※この物語は、フィクションです。実在の人物・団体・事件などとは関係ありません。また作中に登場する言説は現実に存在しますが、一般的な健康情報ではありません。

お弁当を開けるとプルーンおにぎり

「出た、プルーンにぎり」

美樹の弁当箱をのぞきこみ、仲良しメンバーのハナがからかう。

「だから、普通においしいって。アサリが入っているほう、1個食べてみなよ~」

何度繰り返したかわからない、いつものやりとりだ。確かにプルーンエキスをまぶしたおにぎりは、一般的ではない。でも、美樹の家では昔からの定番メニューだった。かつおやゴマと一緒に握ると、ちょっと醤油風味になって違和感がない。そういうハナだって弁当こそ普通だが、家の料理はアロマオイルがふんだんに使われていて、珍しいと言える部類だろう。

ふたりのやりとりを見て笑っていた陽葵(ひまり)も、自分のランチバッグを開いたとたんに「うわ!」と声を上げる。

「もう、また水筒にアロエジュース入れられた! 麦茶にしてって言ってんのに!」

これらは「マルチ食品」だ。いわゆるマルチ商法(別名ネットワークビジネス)と呼ばれる商法によって出回る、食品の数々。「家族の健康を守る」という使命にかられた美樹たちの母親が、それらをふんだんに使い、工夫をこらした食生活を実践している。だから彼女たちの食生活は一般的なものと比べると、かなり珍妙なものになっている。

美樹、ハナ、陽葵。私立高校に通う3人グループは、内部進学なので幼稚園時代からの付き合いだ。親同士も交流があり、それぞれの家を気軽に行き来している。だから家庭内の様子が、ある程度バレバレ。そうした付き合いが続く中で、子供たちが成長し社会の様子が少しわかってくるような齢になると、とある共通点が見えてきた。それは「親がマルチ商法の会員」ということ。これは美樹たち3人の母親だけではなく、他の同級生の親にもパラパラと見つけることができた。

マルチ会員家庭あるある

どこの家にもだいたいあるのは、銀色の大きな無水鍋。

シフォンケーキでもてなされると、親が引っ込んでから子ども同士顔を見合わせてクスクス笑う。

「無水鍋お得意の超定番メニュー! あの鍋がある家って、だいたいシフォンケーキ出てくるよね」

「スマホでクックパッドで検索してみ。大フライパンになんちゃらを6リットル〜、鍋を被せて余熱~ってレシピ、だいたい同じマルチ鍋だから」

ケーキにかぶりつきながら、他のマルチ商法会社の会員家庭の子が嘆く。

「無水鍋ならまだいいじゃん! シフォンケーキ、普通においしいし! うちなんか、何でもかんでもプロテインで最悪。家にあるお菓子、プロテインで作ったへんなニオイのぼそぼそしたおこしか飴しかないんだよ」

「いやでも、同じケーキ飽きるって。しかもうちの母、マルチとマクロビ(マクロビオティック)が悪魔合体してるから、おかずに玉ねぎを皮ごと煮ただけのヤツとか出てくるよ」

「うちのガトーショコラはオレンジのアロマオイル入ってる。この前それを言わないで親戚のおばさん一家に食べさせちゃって、激怒されてたし。当たり前だっつーの」

それぞれのマルチ料理に対する愚痴が、とめどなく続く。

「鮮度が保てるのよ」とあらゆる食材にミネラルスプレーがふりかけられる。「アロマで香りづけするから不要」と家に生姜やレモン、コショウがない。体調を崩すと栄養不足!と健康食品の嵐。水は浄水器を通したものでないと「病気になる」と叱られる。普通のジュースが飲みたいのに、半強制でノニジュースやアロエドリンクに、ときどき手作りの発酵ドリンク。手作り味噌や豆腐は普通においしいと思えるけど、そこにもプルーンエキスや謎のミネラルが練りこまれている。おいしいベーコンだと思ったら、それを買うために自己啓発セミナーに行ってきたという。

美樹たちの家庭は、そこそこ裕福だ。幼稚園から高校まで持ち上がるので、母親たち親同士のお付き合いも濃厚。横の付き合いから、マルチの会員になっているケースが多い。しかしあくまで「おつきあい」の範疇なので、権利収入のために会員獲得に必死になるということはあまりない。ネットで見かける「マルチ商法で一家離散!」のようなケースは、少なくとも美樹たち周辺の家庭では、あまり聞いたことがなかった。だからこそ、食卓にはこれからもマルチ食品が並び続ける。

母親に「美容にもいいのよ」となだめすかされても、子どものころから食べ続けているので、もううんざりしていた。とは言え自分で食事を用意するほど切羽詰まっているわけではなく、学校の昼休みにスナック菓子をパーティ開けして愚痴り合うのが関の山だった。

親がマルチの子供あるある。今日も美樹たちの愚痴とスナック菓子はとまらない。

~中編「母たちがマルチ食品を作るワケ」に続く~

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