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Vol.4 彼女が野良発酵にハマった理由~中編~【不思議食品・沼物語】
科学的根拠のない、不思議なトンデモ健康法が発生する現象を観察するライター山田ノジルさんの連載コラム。前回に続き、Vol.4も、驚くべき言説で広まる不思議食品にハマった家族の悲喜劇を、物語の形式でお届けします。
※この物語は、フィクションです。実在の人物・団体・事件などとは関係ありません。また作中に登場する言説は現実に存在しますが、一般的な育児法・情報ではありません。
菌に囲まれた生活
菌に包まれた暮らしは、とても楽しい。
例えば家族が寝静まった夜。ぬか床の手入れをしていると、発酵ドリンクを仕込んだ瓶から、ポコポコっという音がかすかに聞こえてくる。パラダイス酵母に野草ドリンク、松葉サイダー、マンモスジュース、しゅわさかさん。冷蔵庫には各種手作りヨーグルトや納豆、漬物が仕込んである。どの容器にも、エネルギーに満ちたいい菌が増え続けているはずだ。ご腸内からお迎えした菌をさらに株分けし続けているので、キッチンは、あらゆるサイズの瓶とペットボトルで埋め尽くされている。目には見えないけれど、空気中にもきっと、波動の高い菌がたくさん漂っているに違いない。ここはまるで、ナウシカの秘密の実験室みたいだなと思う。もしも菌が見えてコミュニケーションがとれるなら、凶悪な黄色ブドウ球菌にも手をさしだして「ほら、怖くない」なんてやってみたい。そんな妄想をしながら、早紀はひとりでクスリと笑った。
ぬか床を片付け、不燃ゴミをまとめていたら、夫の恭一が捨てたヤクルトの容器を見つけてイラっとする。
せっかくの楽しい気分がぶち壊しだ。裏アカに、「#クソ旦那」と書き込んでやろうか。
夫は「腸内会の住人はうん〇」とけなし、私の発酵生活にケチをつけるくせに、毎日飲んでいるのはヤクルト1000で、結局は菌に頼っている。しかも今日は、中耳炎になったといって抗生剤まで飲んでいた。せっかくの生きて腸まで届くシロタ株だって、抗生剤で台無し。本当に、わかってない。そのうえ今日は、リビングに並べてある発酵ドリンクの瓶たちを「美雪が倒したら危ない」と、キッチンに移動させようとしていた。にぎやかな明るい場所に置いていくと、その波動で菌が元気になると聞いたのに! そういう意識の低い人がいるから、発酵が進まないのよと、早紀はぼやいた。
些細なことを次々と思い出してイライラしてきたが、すぐに反省した。なぜなら、台所は私の聖域だから。ネガティブな気持は、自分の波動にも菌にも悪影響。アファメーションでマインドセットして、軽くストレッチしてから寝てしまおう。明日はずっと楽しみにしていた、発酵ワークショップなのだから。
学ぶ日には宇宙の法則で作られた服を着る
発酵ワークショップが開催される、リノベーションカフェの近くで育児サークルの仲良しメンバーと待ち合わせしてから、皆で向かった。
「わあ、早紀さん。それ、新月に発売されたウサタの新作だよね。すごく似合っている」
今日の服は、宇宙の法則で作られている。思考も風通しよくしてくれるというので、新たなことを学ぶ日にはぴったりかと思って選んだ。そんなこだわりをわかってくれるのが、嬉しい。すかさず大げさに褒め返した。
「え~、嬉しいな。そういえば、この前お邪魔したときにいただいた発酵あんこ、すっっっごくおいしかったあ! ナツさんって、発酵の力を引き出すのが本当に上手よね」
「私もいよいよ、菌と共鳴できるようになってきましたかね(笑)」
「なってるなってる(笑) スキンケアにも使うといいってきいたけど、試したことある? アトピー肌にはどうかな」
そんな軽口を交わしていると、目的地に到着した。
「今日のご縁に感謝します」
明るく透き通る声でワークショップを仕切るのは、開運発酵マイスターの神京子(じんきょうこ)さん。元・国際線CAという肩書も納得の、華やかでいて優しげな雰囲気が眩しい。京子先生の著書を事前に買って読み込んでおいたので、予習もバッチリだ。
本にはこんなことが書いてあった。大病を患い医師からも匙を投げられたが、発酵生活と温活で腫瘍が小さくなり、自然治癒して「奇跡だ!」と驚かれたこと。発酵生活をきっかけに家族のトラブルも解決し、伝統食への回帰が今の時代に求められていると実感したこと。現在は2児の母となったが、発酵食中心のライフスタイルを取り入れているので、ふたりともとても育てやすい。もともと日本人は発酵民族で、DNAが発酵食品を求めている。そういった自然に逆らうことが、発達障害やアトピー、各種病気を生み出す原因である。
早紀自身が実感している発酵生活の効果は、便通の改善だ。どことなく、肌のトーンも明るくなった気がする。でもそれだけ。自分も早く、京子先生レベルに、発酵の力を実感したい……と、焦る気持ちがこみあげてくる。最愛の娘、美雪のアトピーを治してあげたい。
発酵の素晴らしさを語り合う
ワークショップで行われる作業は、材料の説明と混ぜるだけというシンプルなものだった。
和気あいあいと作業をしながら、京子先生が本にも書いてあるエピソードを臨場感たっぷりに聞かせてくれた。そうした作業よりも、参加者たちとの対話が会の核なのかもしれない。1時間ほどで作業が終わると円座になり、参加者同士で体験談や質問を交わし合い、京子さんの意見を頂戴するのだ。次々と、こんな体験が語られていった。
「発酵食品で体を整えると、思考も前向きになるんですよね。腸内環境の大切さ、もっと広く知られるべき!」
「私は長女を水中出産したんですけど、その時のプールに発酵液を加えました。トレジャーじいさんという有名な方が、それをやっていたというので。ああ、この子はこの世に産まれた瞬間から、菌たちに包まれていたんだなと思うと、感動的なお産になりました。今はもう5歳ですが、風邪もひかず元気いっぱいです」
「アボカドヨーグルトが、何度作っても腐ってしまって。うまく発酵を促すコツを教えてください」
「父がガンなのですが、もう高齢なので体に負担をかける治療をしたくありません。発酵食品で免疫力を高められるでしょうか」
「私がハマっているのは甘酒です。飲む点滴だというから、夏バテに効くかなと思って。かき混ぜるとき、ついつい右回りにするのを忘れちゃうんですよね~(笑)。うっかり左回りにすると、何か疲れが取れにくいように感じています。でも、そういうことを言うと、すぐにエビデンス! って言われてしまって。息苦しい世の中だなと感じています」
もちろん、早紀も語る。娘のアトピーを改善したく、発酵生活を始めたというきっかけ。免疫を高め、自然治癒力を信じてあげたい気持ち。夜になるとかゆいと泣くので、つい薬に頼りたくなってしまう気持ち。皆が、わかるわかると頷き、共感してくれるのが心地いい。育児サークルは、ミルク育児や一人っ子という条件でヒエラルキーの下になってしまっている感じがあるが、ここは上から目線の人がいない、やさしい世界だ。
トークが一番盛り上がったのは、翠子(みどりこ)さんという女性の発言だった。ストレートの黒髪がまるで絹糸のように美しく、見惚れてしまった。
「私は京子先生のワークショップに通い、日々発酵と向き合うなかで、菌の気持ちが分かるようになってきたんです。そして受け取ったメッセージが、発酵の素晴らしさを世界に広めろという使命。次の日すぐに、京子先生が発行している、認定講師の資格講座に申し込みました! 私も、皆の健康を支えるお手伝いがしたいんです。自分のことだけでなく、悩める人たちの役に立ちたい」
隣に座っているママ友・ナツさんをちらりと見ると、「私も資格、とりたい」とつぶやいている。発酵から生まれるドラマの数々に、早紀の胸はいっぱいになった。
~後編につづく~
筆者 |