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Vol.27 集団食中毒事件から振り返る、本当に怖い「素手信仰」【不思議食品・観察記】

コラム・マンガ

科学的根拠のない、不思議なトンデモ健康法が発生する現象を観察するライター山田ノジルさんの連載コラム。驚くべき言説で広まる不思議食品の数々をウォッチし続けている山田ノジルさんが今回注目するのは「素手信仰」です。この夏「うなぎ弁当」での痛ましい食中毒事故が起きました。些細なミスが事故につながりかねない中、「あえての素手」を好む界隈があるとのこと。くれぐれもご注意ください。

皮膚の常在菌は食中毒の元

黄色ブドウ球菌による集団食中毒事故が発生し、一名が亡くなったとの悲しい報道を目にしました。当コラムが食中毒事故に触れるのは、デザフェスの「デスマフィン」以来でしょうか。デスマフィンは、製菓の技術と知識が根本的にどうかしていたことが発端だったようですが、今回は「素手での作業」に原因があったようです。

すでに専門家が様々な媒体で解説しているように、皮膚の常在菌には「黄色ブドウ球菌」があり、それが食中毒の原因となります。ヒトの手から商品のうなぎに、そして消費者に届くまでの間に増殖し、やがて体内へ……。

この事故は「うっかり」ゆえの素手作業だったのではと想像しましたが、それとは違って巷には謎の「素手信仰」なるものがあります。素手で食品を扱うことが、素晴らしい! という価値観です。今回は、これをざっとおさらいしておきたいと思います。

手の常在菌で味や効能が変わる!?

昔ながらの言説の代表選手は「手で握ったおにぎりはおいしい」。心のこもっているイメージが、プラセボ的に美味しさを底上げするのでしょうか。「手の常在菌で味が変わる」なんてもっともらしい話もよく出回っていますが、根拠は薄いと言えるでしょう。リスクよりもおいしさを優先するのは、撮れ高が必要なインフルエンサー的食の冒険者たちだけでいいのでは。

2023年夏には、静岡県沼津市のホテルが「手の常在菌を使って発酵させて作ったジュース」を客に提供しているとテレビ番組で紹介されたことから、世間がザワつき、保健所へ通報される出来事もありました。この「発酵ジュース」は、作り方を教える講座も存在しています。そのHPには、手の常在菌で作ることから「世界でたったひとつのマイ酵素」ができあがる! なる説明がありました。

発酵ジュースのミラクルな効果として、「アトピーや白髪も改善」「便秘症や低体温症、頭痛、更年期障害、睡眠障害、生理前症候群、疲労が改善されたと多くの声」、そして人生が変わる!とな。はいはい、怪しげな健康食品界隈お馴染みのセールストークです。「菌の持ち主の精神状態によって、発酵が進まなくなる」という説明には、不思議な世界へ誘われそうな気持ちになりました。原因は絶対他にあると思うのですが、腐敗しないことを祈るのみです。

赤子の手にハンドパワーは……ない

筆者の知る最もインパクトある手作り素手食品は、「赤子ヨーグルト」です。さまざまな媒体の過去記事でも当連載でも何度も触れているので「耳にタコ!」という方も多いでしょうが(該当者はいつも読んでくださってありがとうございます)、これもまた、素手信仰が樹海に迷い込んでしまったかのような謎物件です。

伝言ゲームで情報がおかしくなったのか、「赤ちゃんの手は乳酸菌がいっぱい!」なる迷信(?)が生まれ、新生児の手を豆乳にチャプチャプさせて豆乳を固めようという挑戦がニッチな界隈で行われていました。もしかしたら、発酵食品を作る環境で、ワンチャン都合のよい菌が混入するラッキーなケースもあるかもしれませんが、多くは雑菌により固まった腐敗でしょう。筆者も2度試しましたが、見事に腐りました。新生児の特別な時期を楽しみたい気持ちは共感できますが、食品としては無理があります。

個人的な体験談からは、マクロビアンからの仰天アドバイスがありました。知人がプラスチック製のザルと泡だて器を使って米を研いでいたところ、「それはいかん!」と。その理由は「素手で研がないと愛が伝わらず、栄養もなくなり、米の味が劣化する」なんだとか。

まるでハンドパワー。前出のおにぎりとおなじプラセボの話だと思われますが、栄養をイメージで語るのはやめていただきたいですね。ちなみに知人が軽く「そうなんですねー」と流したところ、おもむろに「せめて竹製のざると泡だて器を使おう」「それもできなければ、いいエネルギーが入る右回りで研ぐことだけは守って」なる、ありがたいアドバイスも追撃されたそうです。やりたい人だけ、やればいいんじゃないのかな。

しかし、素手が「ダメ絶対!」ではありません。例えばぬか床。素手でかき混ぜても、ぬか床の乳酸菌によって手の菌が駆逐されるため、安全だとされています(だから味噌やぬか床は、混ぜた人の常在菌によって味が変わるってのはおかしな話ってことでもあるのだが)。

気を付けるべきは、「素手(の菌)」に過剰な夢と期待を乗せて語る食品。菌の働き、ひいては自然は奇跡の連続で素晴らしいものですが、ヒトにとって都合のいいものばかりではありません。怖さも頭に入れるのが、自然のしくみを利用する必須条件じゃないでしょうか。

「素手ってこんなに素晴らしい!」という価値観が伝わってくるアレコレには、リスクの高さを感じるものがほとんどです。

しかし「手袋してりゃいい」という話でもないこともお伝えしておきましょう。それはコロナ禍を経て、多くの人が認識しているポイントでしょう。手袋をつけっぱなしであちこち触る、無意味さよ……。

記録的な猛暑が続くこの夏。例年以上に食品に気を配る必要がありそうですので、手指の衛生に気を配りつつ、皆様ご安全な食生活を。

(おまけ)
話が食品からそれますが、「素手でトイレを掃除する」という世にも恐ろしい取り組みも、困った素手信仰の一つにカウントしたい。「人の嫌がるトイレをきれいに磨くと、心もきれいになります」という理念で掃除道を広めるNPO法人まであるからすごい話です。また、介護周りでは、排泄ケアを素手で行うことが道徳的であると考える施設や利用者があるようです。大腸菌や緑膿菌その他諸々……、まあ普通にコワすぎぃ! 精神論は、健康に配慮した範囲でお願いします。

 

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