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「有機だから、無農薬だから安全・安心」は正直な言葉か?:48杯目【渕上桂樹の“農家BAR Naya”カウンタートーク】
「有機だから安全・安心」「無農薬だから安全・安心」という言葉を聞いたことがあると思います。どんな印象を持ちますか? 優しそう? 正直そう? 人それぞれいろいろあるでしょう。何年も前、私もこの言葉を使ったことがあります。でも、もう使いません。正直で誠実な商売を心掛けたとき、「有機・無農薬だから安全・安心」は非常に使いにくい言葉になったからです。今回はそう思った経緯を述べたいと思います。
「有機野菜ですか?」という問い
私は以前、野菜を対面販売する仕事をしていました。
そこではお客さんから「これは有機野菜ですか?」「無農薬ですか?」と聞かれることがありました。
私が売っていたのは有機でも無農薬でもない普通の慣行野菜が多いのですが、そういう人に「違います」と答えるとだいたいがっかりした顔をされました。
「どうして(安全・安心の)有機ではないのですか?」と聞かれることもありました。
割合としては多くないのですが、こうしたやりとりは印象に残りがちなので、よく覚えています。
「有機だから安全」と返答してしまうも自問
私は一度こう言ったことがありました。
「この野菜は有機だから安全・安心ですよ」と。
……とは言ったものの、私は自問自答しました。
そもそも「有機だから安全」ってなんだ?
有機じゃないものは安全じゃないのか?
そんなのウソじゃないか。
慣行野菜を作っている人はどうなる?
友達や近所の農家が作る野菜は安全じゃないのか?
自分だって慣行農業で野菜を作っていたじゃないか。
それに、安全・安心ってなんなんだ?
安全には基準があるし、安心はそれぞれの心の問題。
どちらもお前が決めるものじゃないだろ?
有機野菜も慣行野菜もどちらも安全ですし、私自身、慣行野菜も安心して普通に食べていました。
それなのに「有機だから安全・安心」と言うのは、正直でも誠実でもないように思えてきたのです。
この言葉は自分の中で残り続け、食の安全や正直な商売について考えるきっかけになりました。
安全・危険を強調するのは 正直な商売から遠ざかるだけ
野菜販売の仕事を経て、私は現在バーを経営しています。
果実を使ったお酒を作っていますが、ここでもたまに「この果物は有機ですか?」「無農薬ですか?」と聞かれることがあります。
お酒を飲みながら農薬を気にするのも変な感じがしますが、もし私がここで「はい、こっちの果物なら無農薬ですよ」なんてことを言うとますます変になってしまうのです。
限りなくゼロに近い残留農薬を気にしながら、明らかに毒性の強いアルコールを提供していることになってしまうからです。
もし誠実さと両立しながら「有機だから安全!」をやるなら「うちは全部有機で、無農薬で、おまけに全部ノンアルコールです!」までやらないと辻褄が合わないのですが、そんなことをしてもただ品ぞろえが悪くなるだけで、たぶん誰も喜ばないでしょう。
むやみに安全・危険を強調するやり方は、設定上の悪者ばかりを増やし、選択肢を狭め、正直な商売から遠ざかるだけだと思うのです。
何より大切なのは、私もお客さんも、慣行野菜を食べて慣行農業に生かされているという事です。
散々お世話になっている人たちを思うと、「有機だから安全・安心」なんて言えないのです。
行き着いた答えは「有機も、慣行も、どちらも安全」
そうした理由から、私はその後「有機だから安全・安心」と言っていません。
ですが、発言を後悔しているわけではありません。
これをきっかけに、食品安全を学び、正直で誠実なコミュニケーションとは何かと考えるきっかけになったからです。
そして、今ならこう答えます。
「有機も、慣行も、どちらも(適正に栽培していたら)安全ですよ」と。
【渕上桂樹の“農家BAR Naya”カウンタートーク】記事一覧
筆者渕上桂樹(ふちかみけいじゅ)(農家BAR NaYa/ナヤラジオ) |