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第47回 都知事選から考えるオーガニック問題【分断をこえてゆけ 有機と慣行の向こう側】
2024年の東京都知事選が終わった。
近年、参政党の登場や、オーガニック給食運動の広がりといった現象に前後して、オーガニックの政治利用がトレンド化している。
例えば自治体首長選挙や地方議会選挙などの場では、どこか判で押したような言葉でオーガニック給食の推進を訴える候補者が後を絶たない。
その背景には、大なり小なり「オーガニックは票が取れる」という目論見がある。
候補者が乱立しカオスとも評された今回の都知事選においては、どうだったろうか。
先に結論から言えば、オーガニックは今回、全くと言っていいほど都知事選の争点にはならなかった。
保守・リベラルを問わず、主要候補の公約には一切登場せず、政策として表立って取り上げられることもなかった。
ふたりの「オーガニック候補者」
一方で、オーガニックや食の安全について言及する候補者自体は少ないながらも存在した。
後藤輝樹氏(ラブ&ピース党)と、内海聡氏(市民がつくる政治の会)の2名だ。
後藤氏は主要政策のひとつに「食と健康 無添加と無農薬」を挙げ、その具体方針として「病氣や怪我を未然に防ぐ予防医療や肉體を向上させる医療」「靈氣(レイキ)を義務教育で」「僕はワクチンを強いません」などを展開した。
候補者としてただひとり、選挙公報にもオーガニック(無添加と無農薬)を掲げたが、結果は14位/5,419票に終わった。
もう一方の内海氏は、医師の肩書きを持ちながら『医学不要論』『ワクチン不要論』などを執筆し、アンチ現代医療の「キチガイ医」を自称している。
講演会やSNSでは医療への不信感を繰り返し焚き付ける一方で、自身のクリニックでは保険適用外の高額な代替医療ビジネスを展開している。
また、障害者に対する差別的な発言などでも注目を集めてきた。
自ら代表を務める政治団体「市民がつくる政治の会」(2021年に日本母親連盟から改称)のウェブサイトでは「七ヶ条」のひとつに「安心・安全な食べ物の流通」を掲げ、そのなかで明確に有機農業やオーガニック給食の推進を打ち出している。
泡沫候補と目されていた内海氏が今回、12万票あまりを獲得し、6位にまで食い込んだことで、彼に共感する人々の規模感が可視化された。
オーガニックは争点ではなかった
ただ、今回の都知事選においては内海氏でさえ主要政策としてはオーガニックや食の安全を挙げておらず、少なくとも選挙公報では全く言及していない。
政見放送では「自家採種は制限され」「食の安全を脅かされ」「昆虫食を推進」といったフレーズが僅かに登場するものの、具体的な説明はないので、事前に文脈を共有していなければ多くの都民は何を言っているのか理解できないだろう。
東京都は人口に比して農地も農業従事者もきわめて少ないため、生産面からオーガニック推進を掲げる意味はほとんどない。
とはいえ、1,400万人が暮らす最大消費地であることに加え、近年の政治的トレンドを含めて考えると、これほど誰もがオーガニックに触れなかったことは、やや意外にも思える。
実際、同日に投開票がおこなわれた鹿児島県知事選では立候補者3名のうち落選した1名が給食の有機化を、もう1名が「地産地消の安心・安全な給食」を、それぞれ政策の一環に掲げていた。(※1)
給食費の無償化については幾つかのメディアでも政策アンケート項目に挙げられるなど一定の注目を集めたが、あくまでも子育て支援や格差解消の文脈からであり、オーガニックへの言及は見られない。
主要候補が無党派層の取り込みを狙う上でも、オーガニックはあえて誰からも選択されなかったことになる。
それ以外の候補者も、優先的な政策・争点ではないと判断したと見るのが妥当だろう。
全ては奴隷システムのせい
とはいえ、内海氏の熱心な支持者にとってはそれも瑣末なことにすぎない。
内海氏は以前から「食源病」という造語を用いて、様々な疾病の原因が現代社会の食生活(農薬や食品添加物など)にあると繰り返し主張してきた。
オーガニック志向は内海氏の思想の枝葉ではなく、医療不信の感情と根源的に絡み合い、共鳴している。
そして、その背景には「日本の政治は全て外資系企業、外国人投資家、権力者のために行われ」「奴隷システム」が「巧妙にカモフラージュされている」(いずれも政見放送から引用)という世界観があり、医療業界も農業・食品業界も、すべては日本人の健康や財産を毀損し収奪するように仕組まれている、という陰謀論がベースになっている。
内海氏を支持すること、それ自体がマジョリティや社会システム全体への強い異議申し立てである以上、医療と食のどちらかだけを切り離せるようなものではない。
もちろん、それらの根拠が十分に示されることはない。
農業や食に関わる個別の発言を紐解けば、実態は根拠不明瞭・事実誤認・恣意的な解釈・単なるうろ覚えと思われるような「めちゃくちゃ」だらけで足の踏み場がない。
街頭演説中に食や農の問題を訴えた動画は、どれもほとんど支離滅裂な覚束ない内容で、論評にも値しないものだった。
つい先日、日産化学株式会社からSNS上で法的措置を示唆された「ラウンドアップ=枯葉剤」発言などは、その典型だ。(※2)
だが、それでもいいのだ。
支持者が内海氏に求めているものは、そもそも正確なデータや科学的根拠ではない。
早稲田大学マニフェスト研究所が発表した採点結果によれば、内海氏のマニフェストは9候補者中8位タイで、最下位のドクター中松氏に次ぐ14点(100点満点中)の低評価だった。(※3)
都政へのビジョンが欠落していることは火を見るより明らかだ。
しかし、その程度で揺らぐような人は最初から内海氏を支持しない。
逆に穏健な都民であれば、日ごろオーガニックや食の安全に多少の関心を払っていたとしても、内海氏ではなく主要候補のいずれかに流れているだろう。
複雑で困難な現実を「悪意と陰謀」という安直なパッケージで覆い隠しても、何かが解決することはない。
内海支持を表明したオーガニック著名人
ところが、名だたる反ワクチン陰謀論インフルエンサーたちの顔ぶれに並んで、この選挙で複数のオーガニック関係の著名人が内海氏への支持を表明した。
元農林水産大臣・弁護士の山田正彦氏、無肥料栽培家を名乗り多数のセミナーや講演会を実施している岡本よりたか氏、「選挙フェス」でも知られるミュージシャンの三宅洋平氏などである。(※4)
とりわけ山田氏については、今も全国的なオーガニック給食運動において主導的なポジションに立ち、地方行政やJAなどに積極的なはたらきかけをおこなっている。
そういう人物が内海氏への支持を堂々と表明していることの深刻さは、もっと広く社会に認知される必要がある。(※5)
オーガニックと排外主義の汽水域
その深刻さに拍車をかけるのは、都知事選を通じて、内海氏の排外主義があらためて明るみになったことだ。
例えば、TBSラジオが全候補者に送付した公開質問状のうち『関東大震災時における、朝鮮人犠牲者慰霊式典への追悼文』を送る考えはあるか、という問いに対して、内海氏は「ありません」と一蹴した上で「日本人の方がよほど差別され売国されているのが、この数年の東京や国家の状況であると考える」と論点をずらした。(※6)
また、「オーバーツーリズムやゴミ箱の設置」に関する設問に対しては、なぜか「外資優遇や移民政策に反対」「外国人生活保護、不正受給、産科補助金横領、外国人参政権などを狙って侵略」「東京を売国」など、まるで関連のない持論を展開し、さらに「路上生活者や困窮者、外国人住民らへの支援」についても「質問が外国人優遇であるかのような内容」として回答を避けている。
同様の傾向は、内海氏と反ワクチンで共闘を演出した田母神俊雄氏や、「無添加・無農薬」の後藤氏にも見られる。
特に「朝鮮人犠牲者慰霊式典」について、後藤氏は「虐殺は無かったと思っている立場」、田母神氏は「式典には出席しない、追悼文も送らない。未曽有の天災について、諸説ある」として、朝鮮人虐殺の事実そのものを認めない態度をとっている。
オーガニックと反医療、排外主義の接近といえば嫌でも参政党を思い出す。
「在日外国人への偏見を助長する」としてNPO法人移住連から強い抗議を受けたことのあるジャーナリストの堤未果氏とも親和性が高い。(※7)
また、これまでにオーガニック給食を推進する複数の市民団体の中心人物からも、精神医療や障害を軽視・矮小化する発言や、ナショナリズムと陰謀論の影響が色濃い発言などが繰り返されてきている。偶然で処理するには、あまりに傾向が重なり過ぎている。
12万もの都民が内海氏の反医療・オーガニック・排外主義を支持した事実と、その思想が内海氏固有の特異なものではなくオーガニック運動の内側とも深く共鳴し許容しあっていること、その異様さから、いよいよ目を逸らせなくなった。
オーガニックが広まりさえすれば多少のことは黙認してもいい、と考える人々には、その未来に訪れる代償の大きさを想像する義務がある。
※1:
米丸まき子「人口減少社会に向き合う新・かごしま創生ビジョン」
てのくち里花ウェブサイト「てのくち里花の政策」
※3:東京都知事選の公約は「生煮え状態」 早大マニフェスト研が検証(朝日新聞デジタル)
※4:
<保存版>うつみさとるの政策【東京都知事選】(選挙ドットコム)
<お知らせ>7月6日(土)うつみさとるの街宣 立川&国会前&上野へ集合!!【東京都知事選】(市民がつくる政治の会)
※5:山田氏は今年5月、内海氏も参加した国内最大規模の反ワクチン陰謀論集会にも登壇している 全国から1万人以上が日比谷公園に集結し「日比谷一揆」宣言に歓喜〜反ワクチンの一番長い日〜(前編)
※6:東京都知事選2024~全候補者・公開質問状の回答(TBSラジオ)
※7:【お知らせ】堤未果著『日本が売られる』についてのファクトチェックを幻冬舎に送付しました(NPO法人移住連)
参考記事
2024年、熱い夏が始まった 6月20日に告示日を迎えた2024年東京都知事選挙は、前代未聞の立候補者数(56人)や過激な選挙ポスターを巡る騒動、大量擁立によって確保した掲示板区画の販売とも取れる手法の是非など、およそ主要な候補や政策とは別筋の話題が注目の的となりながら始まった。 選挙の告示日は、候補者だけではなく、それを追いかけるウォッチャーや選挙ファンへにとっても行動開始の合図である。ウォッチャーや選挙好きにとって大規模選挙は待ちに待った一大イベントであり、届け出の瞬間や街頭での第一声に立ち会うため、告示日当日は様々な選挙好きが動き出す(勿論告示日前から動いている人もいるが)様
※黒猫ドラネコさんの報告によれば、選挙後の7月15日、内海氏は上野の報告集会で支持者に向けて国政進出への意欲を語ったという。
※記事内容は全て筆者個人の見解です。筆者が所属する組織・団体等の見解を示すものでは一切ありません。
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