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第10回 「日本の食が危ない!」は正しいのか?『論点4 個々の品目の残留農薬値を比較するのはナンセンス』【おいおい鈴木君 鈴木宣弘東大教授の放言を検証する】

特集

TPPに参加するかどうかが議論された際、ある農業団体は、残留農薬の基準について、アメリカよりも日本の基準が厳しいものがあるかどうか、国立医薬品食品衛生研究所に照会した。

そこで見つけたのが、米の残留農薬の基準について、クロルピリホスという殺虫剤の基準は、日本が0.1ppmであるのにアメリカは80倍の8ppmだというものだった(アメリカの方が厳しい食品もあると言われたのだが、それはTPP反対には役に立たないので無視した)。そこで、TPPに参加すると、日本の基準がアメリカ並みに低くされるという主張を、鈴木氏は行った。今回主張している遺伝子組換え農産物と関連するグリホサートと同じである。

食品の安全(と貿易の関係)を規律しているのは、WTOのSPS協定(衛生植物検疫措置に関する協定)である。そのSPS協定では、食品の安全基準は国際基準への調和が求められるのであって、アメリカという特定の国の基準への調和が求められるのではない。これが認められれば、まさに国際法の秩序を無視するような主権の侵害だし、SPS措置をとることは、各国の主権的な権利だというSPS協定の基本原則にも反する。

日本だけではなく、TPP交渉に参加しているどの国もアメリカの基準に合わせることなど認めるはずがない。しかし、こんな間違ったことでも、国際法やSPS協定について知識のない人は、堂々と主張した。

鈴木氏は、安全性基準がどのように作られるのかという基本的なことを理解していない。残留農薬の基準の設定は、まず動物実験を通じて、どれだけの量を超えると動物に影響が生じるかを決定する。それを人間に適用するために、安全係数をかけて、ADI “acceptable daily intake ”と呼ばれる一日摂取許容量を定める。安全係数には通常100分の1が使われる。つまり、人間については、100で割ってより厳しいものにするということである。ADIとは、「生涯にわたって毎日食べ続けても健康への悪影響はないと判断される量」36である。

以上の分析では物質そのものの安全性/毒性についての情報は提供できるが、食品中に含まれる物質を摂取することによるリスクの情報は提供できない。実際にどれだけ摂取しているのかを知るために、実際の食事から取る量を分析・推計したり、汚染実態調査と食品消費量から統計学的に摂取量を推定したりすることが必要となる(これを「暴露評価」“exposure assessment ”と言う)。

例えば、ある物質のADIが決められた後、いろいろな食品への残留実態や食品の摂取量を考慮して、食品ごとに当該物質の最大残留濃度(ハザード摂取許容量)を決定することとなる。したがって、ADIが同じでも各国で食品の摂取量(暴露量)が異なれば、各国の食品ごとの最大残留濃度基準は異なる。ある食品の消費の多い国では、当該食品の最大残留濃度を少なくしなければならない。

つまり、ADIが日米で同じであっても、米の消費量が少ないアメリカでは多くの残留農薬量が米に割り当てられることになる。アメリカで米の残留農薬基準値が高いのはこのためだ。もちろん、ほかの食品では低くなる。個別の食品についての残留農薬の基準値を比較して、どちらの国の基準が厳しいかを議論することはナンセンスだ。比較するとすればADIである。

クロルピリホスについて、日本のADI(0.001mg/kg体重/日)は国際基準(Codex:0.01mg/kg体重/日)よりは厳しいが、アメリカのADI(0.0003mg/kg体重/日)は日本より3倍も厳しい。アメリカの基準に合わせると日本の安全性基準はむしろ引き上げられる。

今回、鈴木氏が問題だとしているグリホサートについても同じだ。2017年、政府は個別品目への配分は国際基準を参考にして変更したが、ADIは変えていない。個別品目の残留農薬値も上がったものもあれば下がったものもある。グリホサートに発がん性があるという主張はでっち上げだということが明らかになっているし、個々の食品から検出されてもそれが基準値以内であれば、全く問題ない。

なお、SPS協定は各国が国際基準より高い保護の水準を設けることができ、科学的証拠に基づけば厳しいS P S措置を設定できることを認めている。国民の生命・健康を保護するためにSPS措置をとることは、各国の主権的な権利だという考えに基づくものだ。

このように、鈴木氏の主張も含め、TPPに反対するさまざまな主張は、根拠のないデマだった。当時は、真偽を判断する知識を持たない多くの人がこれを信じた。しかし、TPPも日米貿易協定も実施されているが、何らの問題も起きていない。通商問題などについて知識のない経済評論家たちによって、おびただしいTPP反対本が出版されたが、書いた人たちは消えていったか、そんなことを主張したことはないような顔をしている。

【第11回へ続く】

 

【おいおい鈴木君 鈴木宣弘東大教授の放言を検証する】記事一覧

筆者

山下 一仁(キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹)

続きはこちらからも読めます

※『農業経営者』2023年5月号特集「おいおい鈴木君 鈴木宣弘東大教授の放言を検証する」を転載

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