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第3回 鈴木宣弘氏の農業・食品言説を検証する!/AGRI FACT編集部(後編)【おいおい鈴木君 鈴木宣弘東大教授の放言を検証する】

特集

鈴木宣弘東大教授の農業と食品に関する言説は、原典・元資料の誤読や意図的な省略・改変、恣意的なデータ操作に依拠して農業不安を煽るものが多い。農と食を支える多様なプロフェッショナルの判断と行動を「今だけ、金だけ、自分だけ」などと批判する鈴木氏の言説を検証する。(後編)

日本政府はアメリカに甘いのか

鈴木氏はその言説でアメリカ陰謀論を展開している。たとえば、「日本は2017年末、世界各国の動きに逆行してグリホサートの残留基準値を極端に緩和した。小麦は6倍、蕎麦は150倍だ。日本人が食べても耐えられる基準が、なぜ突然、150倍に跳ね上がるのか。残念ながら日本人の命の基準値はアメリカの要請で決まるのだろうか」と文藝春秋でいう。むろんこれもまったくの間違いであり、グリホサートの残留基準値は少しも緩和されていない。

2017年の変更には緩和されたものもあれば、厳格化されたものもある。具体的には33品目が緩和され、えんどう、いんげん、きのこ、肉類など35品目は厳格化された。102品目は変更されていない。

農業経営者にとっては常識だが、そもそも残留基準値は、毎日の食生活でこれらの食品を食べても一日摂取許容量を超えないように、食品ごとの値を決めたもので、安全な食生活を守るための一日摂取許容量の内訳に当たる。一日摂取許容量とは例えるならコップであり、作物ごとの残留基準はコップに水を入れる小さなスプーンのようなもの。すべての作物のスプーンでコップに水を入れても、絶対にあふれ出ないように、スプーンの大きさを決めており、一部の作物のスプーンの大きさを変更しても、コップの容量を超えない限り、健康に影響はないのである。鈴木氏はこの仕組みを知る専門家でありながら、意図的に緩和された作物だけを取り上げて誤情報を拡散している。

鈴木氏は「畜産・酪農の分野でも『食の安全』が損なわれつつある。」(文藝春秋)と述べ、アメリカで認められている肥育促進の成長ホルモン剤を例に挙げ、「成長ホルモン剤にはエストロゲンが主に使われ、これは乳がんのリスク因子でもある」と指摘する。『農業消滅――農政の失敗がまねく国家存亡の危機』という著書の2刷(https://www.heibonsha.co.jp/news/n43879.html)には、次のような変更が加えられた。太字の部分が追加された部分になる。

「EUでは、アメリカ産の牛肉をやめてから17年(1989年から2006年まで)で、因果関係を特定したわけではないが、域内では乳がんの死亡率が45パーセントも減った国があった(アイスランド▲44.5パーセント、イングランド&ウェールズ▲34.9パーセント、スペイン▲26.8パーセント、ノルウェー▲24.3パーセント)(『BMJ』2010)。そうしたなか、最近は、アメリカもオーストラリアのようにEU向けの牛肉には肥育時に成長ホルモンを投与しないようにして輸出しよう、という動きがあると聞いている。」
この「『BMJ』2010」というのは、「Disparities in breast cancer mortality trends between 30 European countries: retrospective trend analysis of WHO mortality database(ヨーロッパ30カ国間の乳がん死亡率傾向の格差:WHO死亡率データベースの遡及的傾向分析)」で、おそらくこの論文のことだろう(PDF版https://www.bmj.com/content/bmj/341/bmj.c3620.full.pdf)。「1989年~2006年」や「アイスランドで44.5%減」などの数字が合致している。

しかし、この論文は「アメリカ産の牛肉」については一切言及していない。「因果関係を特定したわけではないが」ではなく、全く関係のない論文を持ち出して「アメリカ産牛肉」が「乳がん死亡率の増加原因」であるかのように書いているのだ。

書き手として学者として不誠実な姿勢はこれだけではない。論文には国・地域の名前が出ているが、鈴木氏が例に挙げたアイスランド・ノルウェーはEU加盟国ではない。論文ではEU(European Union)とは言わず、「European countries」と正しく表記している。

厚生労働省の「牛や豚に使用される肥育促進剤(肥育ホルモン剤、ラクトパミン)について(Q&A)」を見ると、

「なお、WHOのデータベースを元に1989年以降、EUの多くの国において、乳がんによる死亡率が減少したとの研究報告がありますが、肥育ホルモン剤の使用禁止と乳がん死亡率の減少を関連付けるものではありません。この報告の中では、乳がんによる死亡率の減少については、検診率の増加や、新たな治療法が採用され容易に治療を受けることが可能となったことなど、様々な要因によるとされています。また、WHOのデータベースによれば、肥育ホルモン剤が使用されているアメリカにおいても、同時期の乳がんによる死亡率が減少しています。」

鈴木氏の言説はWHOのデータにより全否定されている。

アメリカ産輸入レモンの防カビ剤について鈴木氏は、日本はあろうことか「禁止農薬でも収穫後にかけるのであれば『食品添加物』と見なす」と、耳を疑うようなウルトラCの分類変更で防カビ剤の散布を認めてしまった、と文藝春秋に書いている。

輸入レモンのパッケージに書いてある食品添加物は、チアベンダゾール(TBZ)、イマザリル、フルジオキソニル、アゾキシストロビンの4つ。

厚生労働省の「残留農薬-よくある質問」にはこう書かれている。

Q3.ポストハーベストの規制はどうなっている?
A.ポストハーベストは添加物に該当するため、添加物として指定を受けたものしか使用することができません。〈中略〉ポストハーベストは、食品添加物に該当します。食品衛生法第10条の規定により、指定されていない添加物(ポストハーベスト農薬を含む)を使用する食品について輸入、使用、販売等が禁止されます。

つまり、食品衛生法で指定されたいわゆる「ポストハーベスト農薬」としての使用は日本でも許可されている。ただし、農薬のパッケージに書いている使い方以外は違反となる。

「食品添加物のページ」にある「添加物使用基準リスト(※既存添加物も含む)」を見ると、上記4つの化学物質はかんきつ類等の防カビ剤としての使用が許可されている。その一方で、日本では農薬登録はされていない。つまり、「日本では禁止農薬」というのは間違いである。

そもそも日本では、「輸送時間が短い」「冷蔵設備がある」など、わざわざ消費者に忌避されかねない農薬をポストハーベストで使うメリットがないので、農薬メーカーが使い方として申請しないのだ。

ポストハーベスト農薬は、収穫前(プレハーベスト)に使用される「農薬」とは別のものと思われがちだが、農薬取締法や残留農薬基準では、収穫の前か後かというような使用時期による農薬の区別はない。一方、国際規格コーデックスなど海外の規定では「ポストハーベスト農薬」として使用が認められているものが含まれる。日本と海外では農薬の定義が異なるというだけなのだ。

ポストハーベスト農薬に類する防カビ剤は、先述した通り、日本では食品添加物として指定され、制度上は農薬と区別されている。日本の定義では、収穫後の作物はその時点で食品とみなされるため、海外の規定ではポストハーベスト農薬であっても、日本では食品保存の目的で使用される食品添加物として扱われることになる。

この規定を逆手にとって拡散されている誤情報が「日本では収穫後の農薬散布はできない」という言説で、食品とみなされる収穫後の作物には、指定された食品添加物しか使用できないのが日本の規定なのである。

農薬取締法ではなく、食品衛生法の食品添加物として規制される。「農薬」「ポストハーベスト農薬」「食品添加物」と制度・定義上の区分けや呼び名が違っても、同じものと考えてよい。鈴木氏の「日本では禁止の農薬」「アメリカが禁止農薬をかけたときには食品添加物という文字に替える」などの主張は、日米の農薬の定義、管理規制制度の違いをきちんと説明しないことで生じる認識不足や誤解を利用した詐術的言説にほかならない。

ジャガイモの輸入規制緩和は米国の圧力か

アメリカ陰謀論はまだある。JAcomで連載されている鈴木宣弘東京大学教授のコラムは、「崩れる量と質の食料安全保障~ジャガイモもついに~」(2021年9月16日)と題して、米国産ジャガイモの輸入規制と緩和を取り上げた。鈴木氏は、

「米国産ジャガイモについて、(1)ポテトチップ加工用生鮮ジャガイモの通年輸入解禁(2)生食用ジャガイモの全面輸入解禁に向けた協議(3)防カビ剤の農薬から食品添加物への分類変更(4)その残留基準値の20倍緩和(5)遺伝子組換えジャガイモの立て続けの認可(6)冷凍フライドポテトの関税撤廃、と続く措置のメッセージは明確である。」と主張する。文藝春秋でも同様の文章を寄せている。

そして、この言説の根拠となる輸入規制の緩和について、

「従来、米国にはジャガイモシストセンチュウが発生していることから米国産生鮮ジャガイモは輸入を禁止していた。しかし、米国からの要請に応じて、2006年に、ポテトチップ加工用に限定し、輸入期間を2月~7月に限定して輸入を認めてきた。しかし、2020年2月に、農水省は、米国産のポテトチップ加工用生鮮ジャガイモの通年輸入を認める規制緩和を行い、さらに米国の要求を受けて、ポテトチップ用にかぎらない生食用ジャガイモの全面輸入解禁に向けて協議を始めることに合意した。協議を始める=近々解禁する、と同義と理解される。」と解説する。

輸入期間が2月~7月に限定されていた米国産ジャガイモを2020年2月に通年輸入へと変更したことは本当に農水省の規制緩和だったのか。関連する法・規則は以下の5つ。

(1)植物防疫法
(2)植物防疫法施行令
(3)植物防疫法施行規則
(4)平成18(2006)年2月1日農林水産省告示第114号告示
(5)アメリカ合衆国産ばれいしょ生塊茎に関する植物検疫実施細則

鈴木教授のコラムで「2020年2月に……」とあるのは、(5)の細則に関する変更で、「生食用ジャガイモの全面輸入解禁に向けて……」とあるのは(4)の告示に関する話となる。

「2020年2月に、農水省は、米国産のポテトチップ加工用生鮮ジャガイモの通年輸入を認める規制緩和を行い」というのは“現象”としては間違いではない。しかし、輸入期間が限定された理由とそれを通年にした理由をよく見ると、政治判断を排した合理的な基準変更だったことがわかる。

この件のパブリックコメントと通年輸入を認める考え方を見ると、「現行(2月~7月)の輸入期間及び隔離保管期間の制限は、輸入解禁時に日米二国間で合意した措置ではありますが、我が国が警戒する病害虫の侵入・まん延を防止するために設けられた措置ではなく、科学的根拠に基づいた検疫措置ではありません。」とある。そして、「国際植物防疫条約(IPPC)及び衛生植物検疫措置の適用に関する協定(WTO・SPS協定)では、検疫上の十分な科学的根拠なしに輸入の禁止・制限等の検疫措置を維持してはならない旨が規定されています。
このため、科学的根拠に基づいた措置ではない輸入期間及び隔離保管期間の制限を維持することは困難です。また、これら期間制限を撤廃しても、上記1)~3)までの(AGRI FACT編集部註:科学的に充分な植物検疫)措置が引き続き適用されることで、ジャガイモシストセンチュウやジャガイモシロシストセンチュウの我が国への侵入リスクは引き続き無視できるほど低く、植物検疫上の安全性が確保できると判断したことから、今般、実施細則の一部改正を行うこととしました。」とある。

貿易なしに国と食の安全保障が成立しない日本が国際貿易・防疫のルールを守らないのでは、それこそ国を危うくする行為である。

鈴木氏は、

「加えて、厚労省は、2020年6月、ポストハーベスト(収穫後)農薬として、動物実験で発がん性や神経毒性が指摘されている殺菌剤ジフェノコナゾールを、生鮮ジャガイモの防カビ剤として食品添加物に指定した。併せてジフェノコナゾールの残留基準値を改定し、ジャガイモについてこれまでの0.2ppmを4ppmと20倍に緩和した。」とも指摘した。

だが、ジフェノコナゾールの発がん性は、薬事・食品衛生審議会食品衛生分科会添加物部会の資料ページにある結果通知の資料によると、動物実験において一般毒性は300ppm以上、発がん性は2500ppm以上ではじめて発現した。4ppmは十分に安全な基準値である。

薬事・食品衛生審議会食品衛生分科会添加物部会(2019年9月18日)の議事録にも、「人間への懸念はない」とある。残留基準値を0.2ppmから4ppmに引き上げたことに関しても、国際基準のコーデックスに合わせただけで何ら安全性に問題はない。

世界で最初に飢えるのは日本ではない

最近の鈴木氏の煽りで最大なのは「世界で最初に飢えるのは日本」という言説だろう。著書のタイトルに付け、文藝春秋でも同じ危機を煽っている。JAcomのコラム「緊急財政出動と『食料安全保障推進法』の制定を」でこう書いている。

「米国ラトガース大学らの核戦争に関する衝撃的な研究成果を朝日新聞が報じた。(局地的な核戦争で*AGRI FACT編集部註)15キロトンの核兵器100発が使用され、500万トンの粉塵が発生する核戦争が勃発した場合、直接的な被爆による死者は2700万人だが、『核の冬』による食料生産の減少と物流停止による2年後の餓死者は、食料自給率の低い日本に集中し、世界全体で2.55億人の餓死者の約3割の7200万人が日本の餓死者(日本人口の6割)と推定した。
実際、38%という自給率に種と肥料の海外依存度を考慮したら日本の自給率は今でも数%なのである。だから、核被爆でなく、物流停止が日本を直撃し、餓死者が世界の3割にも及び、米露の核戦争の場合は日本人は全て餓死するという数値は大袈裟ではない。筆者が警鐘を鳴らしてきた意味が如実に試算されている。」

なお、元データはこちらになる。Global food insecurity and famine from reduced crop, marine fishery and livestock production due to climate disruption from nuclear war soot injection | Nature Food」

朝日新聞と鈴木氏がコラムなどに掲載している表は、貿易が一切ないとした場合の推計である。では、貿易が引き続き行われるとした場合の推計はどうなるのか。データの印象は大きく変わる。

核戦争後の餓死者率トップ5(人口一千万人以上限定)(貿易無)

※香港は中国に含まれかつ⼀千万人未満。シンガポールも⼀千万人未満だがリストに無し(作成は晴川雨読氏)

核戦争後の餓死者率トップ5+α(貿易有)

※餓死者が出るのは5カ国だけなので、それ以外は全て6位(作成は晴川雨読氏)

局地的な核戦争で世界の貿易がすべてストップするとは思えないので、「世界で最初に飢えるのは日本」ではなく、「世界で最初に飢えるのはノルウェー」となる。鈴木氏は貿易無という前提から、自給率向上のために予算を投入せよと主張する。

しかし、貿易が全面的にストップした場合、農業生産・食料物流はおろか、現代日本人の生活インフラすべてが機能停止に陥る。どれだけ食料自給率を上げたところで無駄どころか、逆に大事なことを疎かにするだけだ。鈴木氏の扇動に惑わされてはいけない。

なお、AGRI FACT編集部による鈴木氏の言説検証は晴川雨読氏の協力を得て行った。

〜前編はこちら〜

【第4回へ続く】

 

【おいおい鈴木君 鈴木宣弘東大教授の放言を検証する】記事一覧

筆者

AGRI FACT編集部

続きはこちらからも読めます

※『農業経営者』2023年5月号特集「おいおい鈴木君 鈴木宣弘東大教授の放言を検証する」を転載(雑誌掲載時よりも新しいデータが入手できたものは、新しいデータを記載した)

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