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VOL.26 「陰謀」を食べたくない女~後編~【不思議食品・沼物語】

コラム・マンガ

科学的根拠のない、不思議なトンデモ健康法が発生する現象を観察するライター山田ノジルさんの連載コラム。前回前々回と、物語形式で辿ってきた「陰謀」とされる食品に振りまわされる女性の顛末やいかに。3回シリーズの最終回・後編です。
※この物語は、フィクションです。実在の人物・団体・事件などとは関係ありません。また作中に登場する言説は一部現実に存在しますが、一般的に支持されている情報ではなく「デマ」が多数含まれます。あくまで物語のエッセンスとしてご理解ください。

光の戦士の闘志を刺激

飼い猫の健康を守りたいという気持ちから、世界の真実=陰謀の存在に気づいてしまった千絵。日に日に「光の戦士」としての自覚が高まっていく。

日常に紛れ込む昆虫食。水道水に含まれるフッ素化合物。怪しげな添加物の入った加工品。農薬がたっぷり使われた農産物。そして、グローバル企業に支配されるタネ。メディアはもう信頼できないから、心ある人たちが集うSNSのグループと、各種講演会で聞いた生の声だけが頼りだ。

世界の支配と人口削減。病気を植えつけられ、思考を奪われる工業生産の食品はもう、怖くて口にできない。汚染食品から逃れるためには、どうすれば?

まずはグローバル企業の支配から逃れようと、「昔ながらの日本の食材」を食べることで身を守ろうとした千絵だったが、如何せんその手のものは総じて高額だ。

手間暇をかけて作られたそれらは、量産できないがゆえの価格帯。あらゆるものの物価があがり給料は安いこのご時世、実家住まいとはいえ、千絵にそれらを買い続ける財力はない。

「いつだって庶民は、大勢に流されるしかないのね……」

そんな絶望から救われたきっかけは、都内某所で行われた大規模デモだった。デモの開催をSNSで知りふと足を運んでみると、ものすごい人手に圧倒された。何百人は集まっているだろう。反グローバリズムを叫ぶ団体、オーガニック給食の必要性を訴えるオレンジ色の団体、種苗法改正案の廃案を主張する団体。そして、その様子を動画におさめようとする野次馬たち。ひとつの空間でいくつものステージが展開され、夏フェスさながらだ。

皆が口々に叫んでいる。

「タネを守れ!」「ローカルフード法の成立を!」

目覚めた人が、こんなにも――。初夏の青空を切り裂くケムトレイルが、千絵の闘志をさらに刺激した。

集会に誘われた千絵……の半年後

会場をうろついていると、カジュアルな服装の中年女性に声をかけられた。

「あなたはどちらからいらしたの?」

何気ない会話から盛り上がり、あっという間に連絡先の交換となり、女性から紹介されたコミューンへ通うようになった。

「自給自足が、食の支配から逃れられる道」

今の千絵には、その地へ行かない選択などない。

――集会の日から半年後。

「そういえば、あのオーガニックみたいな食材ブームはもう終わったの?」

冷蔵庫を整理している母がふと、千絵に聞く。

「あー、もう飽きちゃって」

そもそもオーガニックだから買っていたんじゃないし! 千絵は心の中で憤慨しながらも、話が通じなそうな脳筋家族に説明するのも面倒なので、適当に答えて流した。

千絵の変化によって影響が及んだのは、飼い猫くらいだろうか。ささみやメカジキを使った手作りフードから以前のカリカリに戻ったので、少し不満げで食いつきが悪い。飼い主の都合で振り回してしまったが、元気に文句を言ってくる様子にホッとする。

千絵に何があったのか?

大規模デモで出会った女性に誘われて参加した、コミューンの惨状を見て現実世界に引き戻され、あらゆるものをリセットしたくなったのだ。「わたしの小さなグレートリセット」と、自虐的な笑いが漏れる。

陰謀と戦う光の戦士たちとも、それらの情報が入ってくるネットからも、一度距離を置くことにした。陰謀を食べない心がけよりも、そのほうが心身ともに健康になるのは明白だ。

とある陰謀コミューンの偽らざる姿

デモで誘われ千絵が訪れたコミューンは、中部地方にある広大な敷地だった。

「自給自足を目指す、選ばれし者の約束の地」

そうした理念を謡うのは、敷地の所有者でもあるグループの代表だ。親から譲りうけた資産を活用し、こうした社会活動に力を入れているという。自然と仲間が集まり、菜園と田んぼで実験的農業に挑戦しようと、活動の拠点を設けたと聞かされた。なんて理想的! 千絵の胸が躍る。

新入りである千絵の役割は、炊事係となった。大人数の食事なんて、合宿みたい! ワクワクしながら材料をチェックすると、すぐに違和感を覚えた。

「……これ、輸入ものじゃない?」

肉、野菜、調味料。どう見ても、最寄りの街中にある、業務スーパーで買いそろえたものに見える。というか、もろに商品ラベルが貼られていて隠そうという気もないらしい。自給自足、どこにいった? そういえば初夏だというのに畑には、それらしい農作物が見当たらない。

無言になっていると、察したように古株の女性が教えてくれた。

「ほら、まだ設立して日が浅いから、これからなのよ。最初から完璧には、いかないわよね。……実はまだ、じゃがいもの栽培も、成功したことなくって。見かねて近くの農家さんが『植える時期が違う』とかアドバイスをくれることもあるんだけど……代表たちが『商売のためにやってるんじゃない』とか何とか追い払っちゃってねえ。それでも、私はこうして団結することが大事かと思って週末だけ参加しているんだけど」

まるで言い訳するかのように、どんどん内情を説明してくれた。

翌日のミーティングでは「自然農法に、ジャンボタニシを!」という意見も飛び出し、農業に詳しくない千絵でものけぞった。外来種の生き物を撒いて、在来稲の栽培なんて斬新〜というか、ダメじゃん。

そもそも、農法以前に、ここは単なる集会場でしかないのではないか。

「シェディング対策にアーシング※」「コンポストを利用した、サステナブルな作物」

※シェディング…コロナワクチン接種者の呼気や汗腺から何かしらの毒素が排出され、それを吸い込むことで、未接種者にも影響が及ぶこと。科学根拠のない、言説のひとつ。
※アーシング…手や足など素肌で土と触れ合うことで、健康になろうというとりくみ。

代表たちがSNSへ熱心に投稿する内容との落差に、頭がクラクラした。多くの仲間は、この敷地をレジャー施設のように利用しているようだ。自然体験のイベント会場にしたり、キャンプ場代わりにしたり。何人かは本格的に住みついている人もいるようだが、活動のためというより代表が無償で提供してくれるとりあえずの食と住が目的のように見えた。

「同じ志の人と過ごすのは有意義だと思ったけど……」

コミューンに滞在したわずか数日で、これは「光の戦士ごっこ」という茶番でしかないことを思い知った。家族の中に居場所がない千絵には、巨大な権力に抗うという物語で連帯する居心地のよさが理解できたが、それがかえって陰謀の存在を薄れさせた。

それらを租借したとたん、スンッと熱が引いていった。そして突然不思議の国から抜け出したアリスのように、いつもの日常に帰ってきたのだ。

飼い猫が膝の上で寝てしまい全く動けなくなり、足にしびれを感じながら、千絵は陰謀論へ対抗しようと心を奮い立たせた日々をぼんやり想いを巡らせる。

「でもちょっと、楽しかったかも」

だいぶ情報に振り回されてしまったが、思いがけない自分の行動力に気づいたのが「目覚め」かもしれない。今でも全ての陰謀論が嘘だとは思っていない。ふとした瞬間にまた、不思議の世界へ迷い込むだろう。でも間違ったらダッシュで引き返す。そうした心の体力と経験値を、備えていけばいいのだ。

【前編はこちら】

 

【不思議食品・観察記&沼物語】記事一覧

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