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「グリホサートは多くの病気の原因」というセネフ博士の主張は科学的に正しいのか?(全文)

食と農のウワサ

ラウンドアップの主成分であるグリホサートが危険だと主張する科学者

除草剤ラウンドアップ(主成分グリホサート)は、世界の規制機関によってその安全性が証明されていますが、一部の研究者がその毒性を主張しています。なかでも米国のセネフ博士はサムセル博士と連名で5つの論文を発表し、特に過激な主張を展開しています。それは、グリホサートががん、糖尿病、末梢神経障害、肥満、喘息、感染症、骨粗しょう症、不妊、先天異常など多くの病気の原因だという意見です。

メスネイジ博士とアントニオ博士による反論

これらの主張に対して、英国のメスネイジ博士とアントニオ博士は論文を発表し 、以下のように反論しています。

グリホサートを含む除草剤(ラウンドアップなどの製品)の安全性について、さまざまな議論がされている。科学に基づいた研究、調査を行なっている世界の規制当局と、グリホサートを含む除草剤を販売している企業は、「規制で許容された基準値以下の量であれば、グリホサートは安全」だと結論を出している。一方で一部の科学者は、「規制で許容された基準値以下の量であっても、リスクがあるのではないか」と懸念している。

特にセネフ博士とサムセル博士が一連の論文で、グリホサートに長期間暴露すると、がん、糖尿病、末梢神経障害、肥満、喘息、感染症、骨粗しょう症、不妊、先天異常など多くの慢性疾患を引き起こすと主張している。しかしその主張の根拠は、誰もが正しいと思える事実を起点として、妥当な結論を導き出す「演繹的な三段論法」を不適切に適用して導いたものであり、科学的事実に基づくものではない。つまりこれらの主張は、裏付けのない理論と推測あるいは単なる間違いに過ぎない。

セネフ博士とサムセル博士の議論は、グリホサートの毒性について間違った情報を伝え、市民、科学界、規制当局をミスリードするものである。

解説『「グリホサートは多くの病気の原因」というセネフ博士の主張は科学的に正しいのか?』では、グリホサートを危険だと主張するセネフ博士とサムセル博士の主張の「どこが」「どのように」間違っているのかについて反論の論文を書いたメスネイジ博士とアントニオ博士の主張を、著者が解説や説明を加えてわかりやくすく紹介します。

グリホサートの安全性について科学界にある論争

グリホサートが植物を枯らす仕組み

グリホサートは雑草も農作物も区別なく枯らすのですが、最初にその仕組みを説明します。ラウンドアップの主成分であるグリホサート(N-ホスホノメチル-グリシン)は小さな分子で、これを農場などに散布すると植物の中に入ります。植物にはシキミ酸回路という仕組みがあり、その中で、5-エノールピルビルシキミ酸3-リン酸シンターゼという酵素が働いて、植物が生きるために必要なアミノ酸を合成します。グリホサートはこの酵素の働きを止めてしまいます。すると植物は、アミノ酸を作ることができず枯れてしまいます。この働きを活用して、グリホサートは雑草を枯らす除草剤として使われています。

世界中で1970年代から使用されているグリホサート

グリホサートは、1974年に一般発売されて以降、世界で最も多く使われる農薬になりました。さらに1996年に、遺伝子組換え技術によりグリホサートに耐性があるラウンドアップレディ作物(トウモロコシ、大豆、ナタネ、ワタ、砂糖大根、アルファルファ)が開発されました。農場にラウンドアップを散布すると、雑草は枯れてしまいますが、ラウンドアップレディ作物は生き残ります。こうして農作業の大きな部分を占める除草作業が簡単になり、グリホサートを含む除草剤の販売と使用は急激に増加しました。

人の尿から検出されるグリホサート

人の尿からグリホサートが検出されたとの情報を目にして、不安に感じる方もいらっしゃるでしょう。人の尿からグリホサートが検出される理由と、この事実をどのように捉えれば良いかについて説明します。

農場などに散布されたグリホサートは、急速に分解します。作物や水、空気中など環境中にはグリホサートは存在しますが、その量は極めて微量です。しかし存在はしているため、人の尿を検査すると通常1~10μg/ℓ(1μg=0.001mg)のグリホサートが検出されます。この量は危険なのでしょうか?

グリホサートに関する多くの研究の中に、ラットにグリホサートを体重1kgあたり1日に60mg (60mg/kg体重/日)を2年間投与すると、肝機能に障害があらわれ、それ以下では障害は出ないという結果があります。人の尿に存在するグリホサートの量(通常1~10μg/ ℓ、つまり0.001〜0.01mg/ℓ)は、ラットに与えられた量(体重1kgあたり1日に60mg)よはるかに少ないことは明らかです。この研究から、2002年にEUはグリホサートの一日摂取許容量(ADI)を、その200分の1の体重1kgあたり1日に0.3mg(0.3mg/kg体重/日)に設定しました。その後2015年に、EUは新しい研究結果が得られたためADIを100分の1の体重1kgあたり1日に0.5mg( 0.5 mg/kg体重/日)に変更しました。ちなみにこの100分の1という安全係数は、日本の食品安全委員会をはじめ、国際機関であるJMPR(FAO/WHO合同残留農薬専門家会議)、EFSA(欧州食品安全機関)、USEPA(米国環境保護庁)も採用しています。

このことから分かるように、人が環境から摂取するグリホサートの量は、一日摂取許容量(ADI)よりはるかに少ないです。グリホサートを含めた化学物質に関して「検出された」ので危険だとすぐに思うのではなく、「どのくらいの量が検出され、ADIと比較してどの程度か」という視点で考えることが大切です。

グリホサートに関する見解の不一致

ただし微量であっても健康に影響があるのではないかと懸念されることがあります。これは議論を続けるべき課題です。グリホサートの安全性については、科学的な事実だけでなく、ビジネスやイデオロギーにも影響されます。グリホサートを含む除草剤を発売している企業は、3つの総説論文(現行の理解の状態を要約した論文)を発表し、「グリホサートは規制値以下の量では安全である」と結論しています。一方で研究者の中には、「規制値以下の量のグリホサートについては、リスク評価が不足している」と指摘する人もいます。そしてセネフ博士とサムセル博士は、5つの総説論文を発表し、「グリホサートの長期的暴露(環境中からの摂取)は、多くの慢性疾患の原因である」と主張しています。

グリホサートの毒性に関しては、科学の世界に極端な見解の不一致があり、混乱が生じています。そのためこの不一致の原因を、明らかにする必要があります。

グリホサートは多くの慢性疾患の病因か? セネフ博士とサムセル博士の主張を解説

ここでは「グリホサートが多くの慢性疾患の病因」というセネフ博士とサムセル博士の主張について、科学的に検証します。
※世界の規制当局が行ったグリホサート関連製品のリスク評価については、こちらをご覧ください。

三段論法の間違った使用により導き出された結論

セネフ博士とサムセル博士の主張の多くは、「三段論法」を使って議論を組み立てています。三段論法とは、誰もが正しいと思える事実を起点として、妥当な結論を導き出す方法で、一般的な前提から、個別の結論を出す演繹的推論ですが、間違った結論を導くのに使うこともできてしまいます。これは「三段論法の誤謬(syllogism fallacy)」といわれるもので、要は間違いです。三段論法を用いた論文に関して、正しく用いられていることを確認するためには、結論を出すための2つの命題が厳密な証拠に基づいており、生物学的に意味をなすものなければいけません。

例えば、「命題①:すべての人は死ぬべき運命にある。命題②:ソクラテスは人である。結論:したがってソクラテスは死ぬべき運命にある」という例は意味のある三段論法です。しかし、「命題①:すべての猫は死ぬべき運命にある。命題②:ソクラテスは死ぬべき運命にある。結論:したがってソクラテスは猫である」という例は、明らかに「三段論法の誤謬」です。この解説ではセネフ博士とサムセル博士の三段論法に間違いがないか、という視点で検証しました。

セネフ博士とサムセル博士の主張①

欧米型の食生活に関係するほとんどの病気と症状は、グリホサートが関係している
セネフ博士とサムセル博士の最初の論文は、『腸管微生物によるシトクロームP450酵素とアミノ酸生合成のグリホサートによる抑制:現代病への経路』という題名です。その内容は、以下の通りです。

欧米型の食生活に関係するほとんどの病気と症状は、グリホサートが関係している。その理由は以下の通りだ。

命題①:グリホサートの摂取により、主に肝臓にあるシトクロームP450と呼ばれる化学物質代謝酵素が抑制される。
命題②:抑制されると、人の消化管内にある微生物叢によるアミノ酸の生合成が抑制される。
結論:結果として様々な健康被害が出る。

偏った引用論文

彼らの命題①である「グリホサートがシトクロームP450という化学物質代謝酵素を阻害する」という主張は、「植物で行われた研究」と「グリホサート以外の農薬で実施された研究」からの推測に過ぎません。一部の研究では、農業用に使用する高濃度(10g/L程度=薬量500ml/希釈水量50L/10a)のグリホサートが、シトクロームP450を抑制することを示していますが、散布したラウンドアップは急速に分解するため、環境中で検出される量も、作物から検出される量も、極めて微量です。そのため人が環境中から摂取する微量(約0.1-1μg/kg体重/日)のグリホサートでは、その抑制はありません。またこの論文は、ラットなどの哺乳類でも人の培養細胞株でも、「環境中に存在する微量のグリホサートで、シトクロームP450の活性が増加した」という研究結果があるのですが、彼らはこれを無視しています。

ラウンドアップの議論は「グリホサート」か「補助剤」か

さらに彼らは、「米国におけるグリホサートの規制量に相当するラウンドアップ(0.7mg/L)をラットに飲水投与するとシトクロームP450が抑制された」という研究を引用していますが、ラウンドアップにはグリホサートだけではなく、界面活性剤などの補助剤が入っているため、「シトクロームP450を抑制したのがグリホサートである」という根拠はありません。

ラウンドアップの毒性を議論する時は、それが「グリホサートによるものか」「補助剤によるものか」をきちんと区別しなくていけません。補助剤である界面活性剤についても、今から25年ほど前までは培養細胞に対する毒性がグリホサートより強い界面活性剤が使われていましたが、現在は使われていません。つまりグリホサートもラウンドアップも、シトクロームP450の活性を上昇させることは明らかであり、彼らの命題①は誤りです。

証明不足は単なる「仮説」

次に彼らは、命題②として「グリホサートが、人の消化管内にある微生物によるアミノ酸の合成を阻害する」と主張しました。この根拠は、「グリホサートが、植物であるニンジンの培養細胞のアミノ酸量を減少させた」という研究です。たしかに一部の細菌は、植物が生きるために必要なアミノ酸を合成するシキミ酸回路と同じ仕組みを持っているので、グリホサートがその一部の細菌のアミノ酸合成を阻害する可能性はあります。しかしこれは、あくまでも仮説に過ぎず、これを証明した研究はありません。

またグリホサートには抗生物質の作用があることは知られていますが、それは「細菌に対してではなく、原虫に対する作用」です。そして環境に存在するレベルの低濃度のグリホサートが、哺乳動物の消化管内にある微生物に作用したことを証明した研究はありません。つまり命題②も証明されていません。そのためもちろん結論にも科学的根拠があるとは言えません。

セネフ博士とサムセル博士の主張②

グリホサートはグルテン過敏症と関係があり、それが生殖障害と関連している

セネフ博士とサムセル博士の2番目の論文は、『グリホサート、現代病への経路Ⅱ:セリアック病とグルテン不耐性』という題名です。非セリアック・グルテン過敏症またはグルテン過敏症は、小麦などに含まれるタンパク質であるグルテンを含む食品を食べることによって起こる腸の病気です。彼らはグリホサートが、消化管内にある微生物を変化させることによりグルテン過敏症を引き起こすと主張しています。この主張も、三段論法に基づき結論されています。

命題①:グリホサートは消化管内微生物に影響する可能性がある。
命題②:グルテン過敏症患者の消化管内細菌には変化がみられる。
結論:だからグリホサートは消化管内細菌を変化させることで、グルテン過敏症を起こす。

三段論法をさらに発展させた主張

彼らはこの三段論法をさらに発展させて、グルテン過敏症患者は、非ホジキンリンパ腫と不妊、流産、先天異常などの生殖障害のリスクが増大しているので、グリホサートはそれらの病気にも関係していると主張しています。

グリホサートを含む除草剤と、非ホジキンリンパ腫や先天異常等の生殖障害の関連性を示す研究はありますが、環境中に存在する「少量」のグリホサートで、これらの病気が起こることを示した研究はありません。

大腸炎等の消化管の病気は、動物性タンパク質、精製糖、でんぷん、脂肪の多い加工食品の摂取という欧米型食生活によって大幅に増加したのは事実です。食生活の変化が消化管内に存在する微生物を変化させ、胃腸病を引き起こす可能性は否定できませんが、グリホサートがこれらの病気の原因になるという説は単なる仮説です。

セネフ博士とサムセル博士の主張③

グリホサートによるマンガンのキレート化が多くの問題を引き起こす

セネフ博士とサムセル博士の3番目の論文は、『グリホサート、現代病への経路Ⅲ:マンガン、神経疾患、および関連する病理学』と題するものです。マンガンは金属の一種ですが、微量のマンガンは体内でさまざまな有益な役割を果たしています。そしてグリホサートがこのマンガンと結合して、キレート化合物(金属イオンと結合した化合物)を作ることが知られています。そこで彼らは次のような三段論法を使いました。

命題①:グリホサートはマンガンと結合する。
命題②:すると体内のマンガンのバランスが崩れてしまう。
結論:その結果、マンガンが必要な骨の石灰化が起こらなくなり、骨粗しょう症、骨軟化症が起こる。また、血液中のマンガンの減少はてんかんを引き起こす。

サンゴ礁の破壊もグリホサートが原因?

彼らは「グリホサートとマンガンのキレート化理論」を使い、グリホサートがサンゴ礁の破壊のような大規模な環境被害を引き起こすとまで主張しています。その根拠は、サンゴが自分の表面を覆う粘液には、「硫酸化糖タンパク質」が含まれていますが、このタンパク質を作るにはマンガンが必要です。グリホサートがマンガンと結合することでマンガン濃度が減少すると、サンゴはこのタンパク質を作ることができず、死滅するというものです。しかし、分解されずに農場から海に流れ出した微量のグリホサートが、そのような大きな変化を引き起こすことが証明されたことはなく、これも単なる推測に過ぎません。

セネフ博士とサムセル博士の主張を信じると、グリホサートはプリオン病の予防策?

セネフ博士とサムセル博士は、グリホサートがプリオン病を引き起こすとも言っています。プリオン病とは、人であれば老人の脳疾患である「ヤコブ病」、牛であれば世界で大きな問題になった「BSE」などの病気で、その原因は「プリオンタンパク質」と呼ばれています。このタンパク質に銅が結合しているときには病気を引き起さないのですが、銅の代わりにマンガンが結合すると、タンパク質に異常が起こり、有毒になって病気を引き起こします。セネフ博士とサムセル博士は、グリホサートがマンガンと結合すると、そのマンガンがプリオンたんぱく質に結合して、プリオン病を引き起こすと主張しています。しかしグリホサートがマンガンと結合すれば、プリオンタンパク質に結合するマンガンが減ってしまうので、プリオン病をむしろ予防することになるはずです。だから、この説も納得できるものではありません。

引用論文にも存在しないグリホサートとマンガンの関連

彼らは自分たちの説を裏付けるために、328もの文献を引用していますが、そのうち動物の体内でマンガンがグリホサートに影響を与えることを報告している論文は一つしかありません。しかもその論文は、乳牛の研究で、牛の尿中のグリホサート量と、マンガン濃度との間に関連は見つかっていません。つまり、グリホサートとマンガンの関係を示す事実はどこにも存在していません。そのためこの主張も誤りです。

セネフ博士とサムセル博士の主張④

グリホサートはがんの原因である

セネフ博士とサムセル博士の4番目の論文は、『グリホサート、現代病への経路Ⅳ:がんと関連する病理学』と題するものです。彼らはグリホサートを含む除草剤の散布量の増加と、がん発生率の増加がよく似た時間経過を取っているため、がんの原因がグリホサートであると言っています。しかしこれら2つの間に、因果関係があるということは、二つの基本的な事実を無視するものです。

グリホサートの使用量は、遺伝子組換え作物の栽培拡大に伴って増加

まず一つ目は、「グリホサートを含む除草剤の使用量は、遺伝子組換え作物の栽培拡大に伴って増えた」という事実です。米国で、1974年から2014年までの40年の間に使用されたグリホサートの66%は、2004年から2014年までの10年間で使われています。そのため環境中から人が摂取したグリホサートも、遺伝子組換え作物の栽培拡大の2001年以降に増加しているはずです。

発がん物質への暴露とがんの出現の間にはタイムラグ

二つ目の事実は、「発がん物質への暴露とがんの出現の間にはタイムラグがある」ことです。グリホサートに暴露するとすぐにがんになるのではなく、何年か後でがんが見つかるはずです。そのためグリホサートを含む除草剤の使用量の増加と、がんの発生頻度の増加が時間的に重なっているという事実には矛盾が生じます。彼らの主張は、かえってグリホサートとがんに関連がないことを示しています。

統計学的な相関関係≠因果関係

さらにがんには無数の原因があり、その大部分は未知です。がん発生率と特定の物質への暴露の間に、統計学的な相関関係があるからと言って、すぐに因果関係があると結論付けるのは科学的な議論ではありません。

彼らはまた国際がん研究機関(IARC)が、グリホサートを「おそらく発がん性がある(2A)」と分類したことについても主張しています。しかしIARCは、「一部のがんの発生頻度の増加と、グリホサートを含む除草剤の使用量の増加が平行しているから、グリホサートに発がん性がある」などとは言ってはいません。このような根拠でグリホサートはがんを引き起こすという主張も科学的に正しいとは言えません。

セネフ博士とサムセル博士の主張⑤

グリホサートはタンパク質のグリシンに置き換えられ、病気の原因となる

セネフ博士とサムセル博士の5番目の論文は、『グリホサート、現代病への経路Ⅴ:多種のタンパク質中でのグリシンのアミノ酸類縁体』という題名です。そしてここでも、三段論法が使われています。

命題①:グリホサートはグリシンというアミノ酸を含んでいる。
命題②:人の体のタンパク質には、多くのグリシンが含まれている。
結論:体内でタンパク質が合成されるときに、グリシンではなくグリホサートがタンパク質に組み込まれると、それが原因で多くの病気が引き起こされる。

根拠にならない未発表の論文

彼らは引き起こされる病気の例として、糖尿病、肥満、喘息、慢性閉そく性肺疾患、肺水腫、副腎機能不全、甲状腺機能低下、アルツハイマー病、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、パーキンソン病、プリオン病、紅斑性狼瘡、ミトコンドリア病、非ホジキンリンパ腫、神経管閉鎖不全、不妊、高血圧、緑内障、骨粗しょう症、脂肪肝、じん不全などを列挙しています。

グリホサートがタンパク質中のグリシンに置きかえができる根拠として、彼らが用いた論理には間違いがあります。まずグリホサートがグリシンと置き換わるのは、実験室の中での人工的な条件下のみであり、生きている生物の体内で、自然の状態では起こったという研究はありません。さらに彼らは発表されていない論文を根拠としていますが、もしその論文が科学的に正しければ、論文として発表され、他の研究者の検証を経ているはずです。

科学の正しさには段階がある

第1段階:仮説を実験で証明し、それを論文にする。
第2段階:これを論文として投稿する。科学者の査読を受けて認められれば、科学誌に掲載される。
第3段階:科学誌を読んだ多くの科学者が、その内容を検証し、多くの科学者の同意が得られて初めて「科学的に認められた」と主張できる。セネフ博士とサムセル博士が根拠とした「発表されていない論文」は第1段階です。これは議論の課題にもなりません。またセネフ博士とサムセル博士の論文も、第3段階で否定されたので、正しい科学ではありません。

主張を否定する論文のみ存在

もし仮にグリホサートがタンパク質に取り込まれるとしても、それはグリシンと直接競合することも考える必要があります。身体は本来グリホサートではなく、グリシンを取り込むようにできているので、グリホサートを取り込むことは非常に効率が悪いと考えられます。

さらに言えば、グリホサートはタンパク質の中に取り込まれないことを証明した実験があります。大腸菌を高濃度(1g/L)のグリホサートを含む溶液で培養しても、タンパク質にグリホサートが取り込まれませんでした。つまりグリホサートが、グリシンに代わってタンパク質に取り込まれるという証拠は存在しません。逆にそのようなことは起こらない、という実験結果が存在するのです。つまりセネフ博士とサムセル博士の主張は、間違いだと言えます。

まとめ

セネフ博士とサムセル博士の論文で用いられた方法には、大きな間違いがあります。彼らは「三段論法に基づいた演繹的推論」を使いグリホサートの危険性を主張していますが、この論法は、2つ以上の命題から結論が引き出されたものです。セネフ博士とサムセル博士の最初の命題は、一般的にグリホサートの特性に関するものです。2番目の命題は、人の生理学に関するものです。これらの命題から、グリホサートと、さまざまな異なる病気の原因との間に因果的な関連があると主張していますが、これまで見てきたとおり、その三段論法は間違っているのです。

間違った三段論法の例1

命題①:グリホサートはマンガンと結合して、マンガンを減らす。
命題②:精子の運動性はマンガンに影響を受けている。
結論:グリホサートは不妊と先天異常の原因である。また、この推論を発展させて、グリホサートがマンガンと結合することが、自閉症、アルツハイマー病、パーキンソン症、不安障害、骨粗しょう症、炎症性腸疾患、腎結石、骨軟化症、胆汁うっ滞、甲状腺機能障害、および不妊症の原因だと言及している。さらに最近になって、まったく同じ推論を用いて、グリホサートとマンガンの結合が、米国での自閉症の増加の間に因果関係があると主張している。しかしグリホサートと、それらの慢性疾患との間の因果関係を立証する科学的な研究は存在していない。

間違った三段論法の例2

命題①:グリホサートが亜鉛とコバルトと結合する。
命題②:発生障害と代謝障害が起こる。
結論:そして無頭症を引き起こす。しかしマンガンの場合と同様に、日常生活で摂取する程度の微量のグリホサートの量では、亜鉛とコバルトの働きが阻害されて無頭症の子供が生まれるなどという証拠はない。

要するに、新たな科学的な実験に基づいた結論ではなく、現存するさまざまな論文から「グリホサートに関連するもの」と「人の病気に関連するもの」を拾い出し、三段論法を用いて科学的にはあり得ない推論を主張しているに過ぎません。また彼らが科学誌に掲載した論文はメスネイジ博士とアントニオ博士により検証され、否定されました。つまり科学的に認められていない主張です。

私たちはセネフ博士とサムセル博士の主張を検証する時に、ノーベル賞を受賞した理論物理学者のリチャードファインマンが言った有名な言葉を思い出します。「あなたの理論がどんなに美しく、いかにあなたがスマートであったとしても、もしそれが実験と合致しなかったら、それは間違っている」この言葉通り、彼らが主張するグリホサートに関する議論は一見スマートな論理展開で、かっこよく見えたとしても、実はそれは根拠のない推測であり、実験的裏付けがなく、間違っています。このような間違った議論は、世界各国の規制当局、工業界、そして関係者の莫大な時間を無駄にしています。そして、もっと重要な研究を実施するのに使うべき資源を滞らせてしまいます。これは科学界だけではなく消費者の不利益にも繋がってしまう恐れがあるのです。

引用論文

1Samsel A, Seneff S. Glyphosate’s suppression of cytochrome P450 enzymes and amino acid biosynthesis by the gut microbiome: pathways to modern diseases. Entropy (2013) 15(4):1416–63. doi:10.3390/e15041416
腸管微生物によるシトクロームP450酵素とアミノ酸生合成のグリホサートによる抑制:現代病への経路
Samsel A, Seneff S. Glyphosate, pathways to modern diseases II: celiac sprue and gluten intolerance. Interdiscip Toxicol (2013) 6(4):159–84. doi:10.2478/intox-2013-0026
グリホサート、現代病への経路Ⅱ:セリアック病とグルテン不耐性
Samsel A, Seneff S. Glyphosate, pathways to modern diseases III: manganese, neurological diseases, and associated pathologies. Surg Neurol Int (2015) 6:45. doi:10.4103/2152-7806.153876
グリホサート、現代病への経路Ⅲ:マンガン、神経疾患、および関連する病理学
Samsel A, Seneff S. Glyphosate, pathways to modern diseases IV: cancer and related pathologies. J Biol Phys Chem (2015) 15:121–59. doi:10.4024/11SA15R. jbpc.15.03
グリホサート、現代病への経路Ⅳ:がんと関連する病理学
Samsel A, Seneff S. Glyphosate pathways to modern diseases V: amino acid analogue of glycine in diverse proteins. J Biol Phys Chem (2016) 16:9–49. doi:10.4024/03SA16A.jbpc.16.01
グリホサート、現代病への経路Ⅴ:多種のタンパク質中でのグリシンのアミノ酸類縁体

1Mesnage R, Antoniou MN. Facts and Fallacies in the Debate on Glyphosate Toxicity. Front Public Health. 2017; 5: 316. doi: 10.3389/fpubh.2017.00316
グリホサートの毒性に関する論争の事実と誤り

筆者

高畑菜穂子(獣医師・サイエンスコミュニケーター)
鈴木勝士(日本獣医生命科学大学名誉教授)

編集担当

紀平真理子(maru communicate 代表)

 

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