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第3回 米国の圧力でジャガイモの輸入規制緩和は“事実”なのか 【鈴木宣弘氏の食品・農業言説を検証する】

特集

農と食を支える多様なプロフェッショナルの合理的で科学的な判断と行動を「今だけ、金だけ、自分だけ」などと批判する東京大学の鈴木宣弘教授。その言説は、原典・元資料の誤読や意図的な省略・改変、恣意的なデータ操作に依拠して農業不安を煽るものが多い。AGRI FACTはブロガー晴川雨読氏の協力を得て、鈴木教授の検証記事をシリーズで掲載する。第3回は、日本農政がアメリカの言いなりとする米国産ジャガイモの輸入規制緩和の言説を取り上げる。

米国産ジャガイモの輸入規制と緩和

JAcomで連載されている鈴木宣弘東京大学教授のコラムは、「崩れる量と質の食料安全保障~ジャガイモもついに~」(JAcom 2021年9月16日)と題して、米国産ジャガイモの輸入規制と緩和を取り上げた。鈴木氏は、
「米国産ジャガイモについて、(1)ポテトチップ加工用生鮮ジャガイモの通年輸入解禁(2)生食用ジャガイモの全面輸入解禁に向けた協議(3)防カビ剤の農薬から食品添加物への分類変更(4)その残留基準値の20倍緩和(5)遺伝子組み換えジャガイモの立て続けの認可(6)冷凍フライドポテトの関税撤廃、と続く措置のメッセージは明確である。」と主張する。

そして、この言説の根拠となる輸入規制の緩和について、
「従来、米国にはジャガイモシストセンチュウが発生していることから米国産生鮮ジャガイモは輸入を禁止していた。しかし、米国からの要請に応じて、2006年に、ポテトチップ加工用に限定し、輸入期間を2月~7月に限定して輸入を認めてきた。しかし、2020年2月に、農水省は、米国産のポテトチップ加工用生鮮ジャガイモの通年輸入を認める規制緩和を行い、さらに米国の要求を受けて、ポテトチップ用にかぎらない生食用ジャガイモの全面輸入解禁に向けて協議を始めることに合意した。協議を始める=近々解禁する、と同義と理解される。」と解説する。

ジャガイモの検疫

輸入期間が2月~7月に限定されていた米国産ジャガイモを2020年2月に通年輸入へと変更したことは本当に農水省の規制緩和だったのか。植物防疫法などの規制がどうなっているかを、まず解説する。関連する法・規則は以下の5つある。

① 植物防疫法
② 植物防疫法施行令
③ 植物防疫法施行規則
④ 平成18(2006)年2月1日農林水産省告示第114号告示
⑤ アメリカ合衆国産ばれいしょ生塊茎に関する植物検疫実施細則

これらの法・規制は米国産のジャガイモには次のように適用される。
(1)①の法第七条一項の規定により、輸入禁止とする植物を指定できる。
(2)(1)に従い③の規則第九条で禁止する植物と地域を指定している。
(3)(2)の詳細は③の規則別表二で規定していて、具体的な植物・地域が記されている。

病害虫のジャガイモシストセンチュウは、インド・フランス・オーストラリア・アメリカ・カナダなど広範に禁止されている(ただし、中国など東アジアに指定地域はない)。
(4)(3)に例外規定があり、アメリカだけは別途作成する防疫が保障される合理的・科学的基準に則れば輸入可能となる。
(5)(4)の基準というのが、④の告示と⑤の細則である。

鈴木教授のコラムで「2020年2月に…」とあるのは、⑤の細則に関する変更で、「生食用ジャガイモの全面輸入解禁に向けて…」とあるのは④の告示に関する話となる。
「2020年2月に、農水省は、米国産のポテトチップ加工用生鮮ジャガイモの通年輸入を認める規制緩和を行い」というのは“現象”としては間違いではない。

通年輸入への変更は政治判断を正すため

しかし、輸入期間が限定された理由とそれを通年にした理由をよく見ると、政治判断を排した合理的な基準変更だったことがわかる。

この件のパブリックコメントと通年輸入を認める考え方を見ると、「現行(2月~7月)の輸入期間及び隔離保管期間の制限は、輸入解禁時に日米二国間で合意した措置ではありますが、我が国が警戒する病害虫の侵入・まん延を防止するために設けられた措置ではなく、科学的根拠に基づいた検疫措置ではありません。」とあり、政治判断だったのである。
そして「国際植物防疫条約(IPPC)及び衛生植物検疫措置の適用に関する協定(WTO・SPS 協定)では、検疫上の十分な科学的根拠なしに輸入の禁止・制限等の検疫措置を維持してはならない旨が規定されています。
このため、科学的根拠に基づいた措置ではない輸入期間及び隔離保管期間の制限を維持することは困難です。また、これら期間制限を撤廃しても、上記1)~3)までの(編集部註 科学的に充分な植物検疫)措置が引き続き適用されることで、ジャガイモシストセンチュウやジャガイモシロシストセンチュウの我が国への侵入リスクは引き続き無視できるほど低く、植物検疫上の安全性が確保できると判断したことから、今般、実施細則の一部改正を行うこととしました。」とある。

貿易なしに国と食の安全保障が成立しない日本が国際貿易・防疫のルールを守らないのでは、それこそ国を危うくする行為である。

米国産生食用ジャガイモの輸入解禁ニーズはあるか

鈴木氏の「生食用ジャガイモの全面輸入解禁に向けて協議を始めることに合意した。協議を始める=近々解禁する、と同義と理解される」に関してはどうか。

2021年5月の衆議院農林水産委員会で野上農水相が次のように答弁している。

○野上国務大臣 生食用バレイショにつきましては、輸入後直ちに加工されることを前提としたポテトチップ加工用とは異なりまして、輸入後に繁殖用として転用可能でありますので、それを経路として国内に病害虫が侵入するリスクが大きいことから、病害虫の侵入防止に向けて、科学的根拠に基づいて引き続きより慎重な検討を行っていく必要があると考えております。

「ジャガイモシストセンチュウに関する病害虫リスクアナリシス報告書」(2019年3月25日)の6(1)生ばれいしょの輸入状況には、「近年、ポテトチップの需要の増加に伴い、原料を国産で賄いきれず、上記の②(編集部註 米国産ポテトチップ用生ばれいしょ)による輸入が増加(編集部註 2017年以降は減少傾向)しているが、メーカーからは国産原料の要望が強く、国内における加工用ばれいしょの増産が課題」と記され、国産の増産が喫緊の課題と認識されている。

輸入解禁協議は平均で8年かかる

AGRI FACT編集部は事の真相を確かめるべく農水省消費・安全局植物防疫課に取材した。アメリカから生食用ジャガイモの輸入解禁要請があったのは事実で、2020年3月に、通常のリスク評価の前段階にあたる病害虫リストの選定を開始し、「どの病害虫を防疫上のリスクとし、解禁協議の俎上に載せるかを協議中で、技術的な協議を始めたばかり」(担当者)だという。なお、解禁協議の要請を科学的根拠なく拒否することはルール上できない。

植物防疫課によると、過去の輸入解禁協議は「平均で8年ほどかかっている」ほか、生食用ジャガイモは加工用と違って「スーパーにそのまま並ぶ」、前記、野上農水相の答弁にある通り「種イモになる可能性が高い」ことから、いかに植物検疫上の安全性が確保できる態勢を構築するかを含めて「慎重な協議となる」と話した。鈴木氏の「協議を始める=近々解禁する、と同義」という認識は、非常に不正確な解釈・言説といえる。

残留基準値の変更は“緩和”ではない

鈴木氏は、
「加えて、厚労省は、2020年6月、ポストハーベスト(収穫後)農薬として、動物実験で発がん性や神経毒性が指摘されている殺菌剤ジフェノコナゾールを、生鮮ジャガイモの防カビ剤として食品添加物に指定した。併せてジフェノコナゾールの残留基準値を改定し、ジャガイモについてこれまでの0.2ppmを4ppmと20倍に緩和した。」とも指摘した。

だが、ジフェノコナゾールの発がん性は、薬事・食品衛生審議会食品衛生分科会添加物部会の資料ページに結果通知の資料によると、動物実験において一般毒性は300ppm以上、発がん性は2,500ppm以上ではじめて発現した。4ppmは十分に安全な基準値である。
薬事・食品衛生審議会食品衛生分科会添加物部会(2019年9月18日)の議事録にも、人間への懸念はないとある。
「げっ歯動物において肝腫瘍を発現するということはよく知られている現象です。ジフェノコナゾールもそれと同様のメカニズムで、非遺伝毒性学的なメカニズムで肝腫瘍が生じているだろうということが、この試験で確認されているということになります。<中略>ジフェノコナゾールに関しては、ヒトにおける発がん性、肝発がんの懸念は無い」
残留基準値を0.2ppmから4ppmに引き上げたことに関しても、国際基準のコーデックスに合わせただけで何ら安全性に問題はない。

*晴川雨読氏のブログ「安定感ばっちり ジャガイモに関する誤りばかりのコラム」(2021年09月19日)をAGRI FACT編集部が編集・再構成した。

第4回へつづく

【特集 鈴木宣弘氏の食品・農業言説を検証する】記事一覧

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