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第20回 『オーガニック信仰の実害は、真っ先に社会的弱者へと向かう』【オーガニック問題研究会マンスリーレポート】
早いもので本連載も20回目を迎えました。第1回の冒頭で、私は「オーガニック問題」の定義について「行き過ぎたオーガニック志向が社会や個人にもたらす、負の影響や被害」と説明しました。
そもそもですが、行き過ぎたオーガニック志向が問題となるのは、「科学的に誤った情報を広めているから」でしょうか。それとも「慣行農産物に対する風評被害を招くから」でしょうか?
いずれも間違いではありませんが、より深刻なのは、オーガニック問題がもたらす歪みは、より社会的困難に直面する弱い人々へと向かって牙を剥く構造を持っているという点です。ときにそれは、命や健康、人権、あるいは人間関係を脅かすほどの大きな悪影響をもたらします。
なぜいま「オーガニック問題」を社会課題化する必要があるのか?
今回は、政治家や著名人の危うい発言も引用しながら再確認したいと思います。
「縋る藁の行列」の常連としてのオーガニック
がんなどの深刻な病気に直面した際に、根拠の疑わしい代替医療や健康食品、マルチビジネス、果てはスピリチュアル、新興宗教までが列をなして近寄ってくるという話を聞いたことがある人は多いでしょう。
そのような「縋る藁(すがるわら)」の行列にオーガニックと結びついた「食事療法」が並んでいることは決して珍しくありません。玄米菜食で知られるマクロビオティックなども同様に、食事療法としての側面を強調し、現代医療を上回る治療効果があるかのように万能性を誇示してきました。
アトピーやアレルギーに対してオーガニック食が効果的だとする言説もこれに類するものです。単なる個々人の思い込みならまだ良いのですが、大抵の場合は現代医療への不信感を抱かせるような情報とセットになっているため、例えばアトピー性皮膚炎を抱える乳幼児に対してステロイド処方を拒否し、オーガニック食に頼った結果、かえって長期間にわたって子供が重い症状に苦しむといった事態を引き起こします。
さらに困ったことは、当のオーガニック食品業界のなかにこうした過大な健康効果をうたうプロモーションを自制する動きがまるで見られず、むしろ後押しや黙認する状況が今も続いているという点です。
「オーガニック食でがんが治った」の陰で泣いている人々
また時には、社会的影響力を持った著名人や政治家などから同様の発言がおこなわれることがあります。一例として、神奈川県小田原市の加藤憲一市長は『広報おだわら』2026年3月号のコラム(※1)で、自身の子供の小児がんが食の効果で治ったと受け取れるエピソードを記しています。
「私が自然農などでお米や野菜を作り、妻は食養と調理法を勉強」した結果として「娘の小児がんの回復プロセスに『食』が大きな役割を果たし」「その後元気を回復」し、この体験が小田原市のオーガニック給食施策の背景にあると説明しています。
お子様が結果的に小児がんから回復されたのは何より幸いなことですし、親としては自分たちの必死の努力が実ったのだと信じたいのは人情として十分に理解できます。一方でそれは典型的な「生存者バイアス」であって、幸運にも生き延びた一人の裏側には、同じ方法をとっても回復に至らなかった人々の多くの涙があると考えるべきです。公共の場で、まして自治体首長が安易に一般化して語って良いことではありません。
「オーガニックで病気が治る」論は常に「オーガニックを選んでこなかったから病気になった/治らなかった」という自己責任論と表裏一体です。これらは当事者やその家族に偽りの希望を与えるだけでなく、うまくいかなかったときには誤った自責の念を植えつける呪いへと容易に転化します。
オーガニック食が効果を上げなかった場合に、それを勧めた側から差し出されるのは謝罪ではなく「オーガニック食を始めるのが遅かった」「やり方が間違っていた」「それ以前の食生活が悪すぎて間に合わなかった」「親の食生活のせい」「今からもっと徹底すべき」「それで治った人もいる」など、当事者よりもオーガニックの側を守るためのロジックです。
大いなる力には大いなる責任が伴う
いまの時代にオーガニックを「安全・健康」と結びつけることでの、隠された加害性を知る必要があります。誰かの人生観に影響を与え得るような有名な俳優やアーティストが自然派に傾倒することは珍しくありませんが、どうかお願いしたいのは「オーガニックで病気が治った・健康になった」という一見前向きなメッセージがもたらす甚大なリスクに、せめて自覚的であってほしいということです。大いなる力には大いなる責任が伴うのです。
標準的な医療を自ら遠ざけ食事療法等に縋った結果、病を悪化させ、取り返しのつかない後悔と苦しみのなか人生を終える。木村映里『医療の外れで:看護師のわたしが考えたマイノリティと差別のこと』(晶文社)には著者自身が看護師として幾度となく見てきたそのような光景が、怒りをもって綴られています。
これは農薬を批判する運動家の方などがよく言う「今は良くても子や孫の代に健康被害が出ないとは言い切れない」とか「100%因果関係がないとは限らない」式の、答え合わせが事実上不可能な論法とは次元が異なり、本当に目に見える被害が今ここに実在するのです。
安全や健康を語る以上は、「我々の言葉ひとつで被害者を生み出しかねない」という強い緊張感・責任感が本来必要となるはずです。
全国オーガニック給食フォーラムの倫理を問う
この7月で第3回を迎える『全国オーガニック給食フォーラム』(※2)の仕掛け人、元農水大臣の山田正彦氏の言葉には、そのような緊張感は感じられません。
フォーラムへの参加をSNSで呼びかけるなかで山田氏は、「私たちの体の中に入った化学物質は4週間オーガニックのものを食べ続ければ約90%デトックス できることも明らかになりました」と主張しています。
これは福島県有機農業ネットワークが北海道大学の協力で実施した調査(※3)を指しているものと思います。しかし、慣行農産物を食べていなければその間は単純に農薬が体に入ってくる量も減りますので、その分だけ排出量も徐々に下がり、検出値が低くなっていくのは当然で、オーガニック食品そのものに排出を促す効果があることを意味していません。
これをあたかもオーガニック食品に特別な健康効果があるかのように結びつけるのは単なるミスリードです。(過去に何度も同様の指摘を受けているので、わかっていないはずはありません)
加えて言うと、この調査で検出された農薬は尿1リットルあたり約5.0マイクログラムという濃度です。ここから実際の摂取量を多めに見積もったとしても、食品安全委員会が定める一日摂取許容量(ADI)の1%にも満たないほどごく微量で、これをさらに減らすことで安全性が高まるとはとても考えにくいような数値です。
フォーラムを主催する栃木県小山市をはじめ、他の登壇者や関係者のなかから、こうした発言を諌める声は上がらないのでしょうか。これをそのまま信じてしまうのは論外として、仮に山田氏の顔色を伺って、もしくは自己利益のために誤情報を黙認してしまうような「大人の振る舞いを心得た人々」の集まりなのであれば、少なくとも「子供達のための」というフレーズは金輪際、自粛してみてはどうでしょうか。
オーガニック問題の本質とは
慣行農業や科学的事実についての見解の相違程度は、まだ辛うじて対等な「論争」として取り扱う余地もあるかもしれません。
しかし、その実害を真っ先に被るのはいつでも社会的立場の弱い人々であり、科学的事実より何よりも、まずその構造こそ絶たなければならないというのが「オーガニック問題研究会」の考えの根底にあります。
本連載ではこの問題に関し、政治家や政党、行政、省庁の怠慢などについても厳しく指摘することを続けてきましたが、それはこうした被害を防ぐ責任のある立場の人や組織が機能していない、あるいは黙認していることの罪深さを何度でも繰り返し伝える必要があると考えるからです。
全ては弱い個人へと収斂していく。
見えないところで誰かが、声を上げることもできずに泣いている。
それこそが「オーガニック問題」の本質なのです。
参照
(※1)2026年の広報おだわら3月号 市長コラム「食」の大切さ、小田原の可能性
https://www.city.odawara.kanagawa.jp/public/detail/11296/
(※2)第3回 全国オーガニック給食フォーラム in 小山
https://www.city.oyama.tochigi.jp/sangyou-sigoto/nougyou/page008968.html
(※3)福島県有機農業ネットワーク 有機農産物を食べることで、殺虫剤ネオニコチノイドへの曝露を低減できる
http://fukushima-yuuki.net/2019/03/28/%E6%9C%89%E6%A9%9F%E8%BE%B2%E7%94%A3%E7%89%A9%E3%82%92%E9%A3%9F%E3%81%B9%E3%82%8B%E3%81%93%E3%81%A8%E3%81%A7%E3%80%81%E6%AE%BA%E8%99%AB%E5%89%A4%E3%83%8D%E3%82%AA%E3%83%8B%E3%82%B3%E3%83%81%E3%83%8E/
筆者熊宮渉(ライター/オーガニック問題研究会) |



