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第41回「誤報と偽情報」が世界のリスク第一位になった2024年に思うこと【分断をこえてゆけ 有機と慣行の向こう側】
スイスのシンクタンク、世界経済フォーラムが1月10日、今後2年間の国際社会にとって最大のリスクは「誤報と偽情報(Misinformation and disinformation)」であると発表した。
二位は「異常気象」、三位には「社会の二極化」を挙げている。(※1)
折しも日本国内では元日の能登半島地震を受けて、人工地震説を騒ぎ立てる陰謀論を皮切りに、様々なデマ・流言が問題になっている。
11月に予定されている米大統領選では、元々陰謀論と結びつきの強いトランプ氏に加え、さらに強烈な陰謀論ビジネスや差別発言を展開してきたロバート・F・ケネディJr氏が無所属候補として台頭してきているという。
実際に当選する可能性は低いとはいえ、一定の支持を受けている事実そのものに愕然とする。(※2)
人工地震とオーガニック給食
こうした大きな問題に比べれば、農と食をめぐる「誤報と偽情報」など瑣末な揉め事だと感じる人もいるかもしれない。
農薬や添加物を不安に思う人がいるくらい、仕方ないじゃないか。
子育て中の母親がオーガニックを求めたって別にいいだろう。
そんなことより大変な問題が山ほどあるのに、何を目くじら立てているんだ――。
確かに、そうなのかもしれない。
だが、例えば能登に限らず、日頃から人工地震説を唱えるような人々とオーガニック給食を支持する人々は、偶然では済まされない程度には重複が確認されている。
ロバート・F・ケネディJr氏は、オーガニック給食運動の主要人物である元農水大臣の山田正彦氏と懇意であり、山田氏の制作する映画にも出演し、ワクチン反対論でも共鳴している。
自然な食品、不自然な黙認
これらのつながりが意味するものが、もっと議論される必要がある。
食について誤った情報を強く信じる人物が、「食のことだけ」に限定して極端に間違っているということはあまりない。
なぜオーガニック給食を推進する市民団体の多くが極めて反医療的な思想を持っているのか、その理由を社会が真剣に考えなければいけない。
まして、自然食品を取り扱う人ほど自分事として切実に悩まなければ不自然だ。
擬似医学と陰謀論に基づいて「WHOに取って代わる」と公言して憚らない組織に、全国規模のオーガニック給食推進団体が率先して参画していることを、オーガニック業界も行政も官僚も知らないわけではないはずだ。
どうして黙認し続けているのだろう。
たかが食の話くらい、と見くびっていると、すぐに取り返しのつかないことになる。
私たちは、私たちのいる場所で抗い続けなければいけない。
現実から乖離したナラティブ
世界経済フォーラムは報告書のなかでこのように警鐘を鳴らし、相当に強い危機感を滲ませている。(※3)
『二極化した社会では、真偽はさておき人々は自分の信念を裏付ける情報だけを信用しがちです。それゆえ、誤報や偽情報が政治的な立場だけでなく、現実の認識においても社会を二分してしまう可能性があるのです。感情やイデオロギーが事実を覆い隠してしまえば、公衆衛生から社会的正義、教育、環境まで、様々な課題に関する操作的なナラティブが世論に浸透する可能性があります』
操作的なナラティブ、とは何だろうか。
例えば、以前に取り上げた「あきたこまちR」反対運動は、その後NHKや産経新聞といった主要メディアでも「誤情報が拡散」として報道されるようになり、反対運動の根拠がそもそも誤りとミスリードに満ちていたことが世間に広く知れ渡った。(※4)
もはや趨勢は決したように思える。
ところが反対運動のリーダーである印鑰智哉氏は、今もなお「あきたこまちRを擁護しているのは農水省お抱えジャーナリストと原子力ムラ」と陰謀論めいた発言をおこない、以前と変わらない発信や講演活動を続けている。
その一方で、公に確認できる限り、主要メディアの報道には一切言及していない。
印鑰氏由来の情報網を信じて疑わない人々は、こうしていとも容易に「あきたこまちRは危険・推進派は利権絡み」という、現実から乖離した物語世界に迷い込むことになる。
市民運動の輝き
さらに言えば印鑰氏は23年12月、自らの家族から虚偽の発信をしたことについての告発を受けている。
ここに詳細を記すことは控えるが、告発の内容が事実なら、家族のプライバシーを恣意的に歪めて公開し、農薬反対運動に利用していたことになる。
印鑰氏は、この件についても公に確認できる限り一切言及していない。
謝罪も釈明も反論もなく、ただ黙殺している。
氏を高潔な市民運動家であると信じて疑わない人々がこの事実をどう受け止めるのか、私たちには知る術がない。
その間にも、「邪悪な既得権益層から妨害を受けながらも闘い続ける、孤高の私たち」という物語(ナラティブ)が、着々と彼らの信念を強化し続ける。
手段と目的が入れ替わり、弱者の声に耳を澄まして権力を厳しく監視するという本来の市民運動の輝きは、どこまでも色褪せていく。
メディア報道の変化
こうして反対派から無視されているとはいえ、あきたこまちR反対運動が主要メディアによって「問題」として報道されたこと自体は、前向きに捉えたい。
前回取り上げた川田龍平参議院議員の問題がハフポスト日本版やABEMAヒルズで記事化され、専門家の解説が掲載されるといった動きも、これまでには見られなかったものだ。
川田議員は少なくとも2018年の時点で、山田正彦氏との対談で同じく農薬と発達障害の関連に触れ、当時も一部で問題視されていたが、そのことがメディアに出るまでには至らなかった。(※5)
雑誌『農業経営者』23年8月号への寄稿に、こんなことを書いた。(※6)
『最近では議員連盟が発足するなど、公共性の高いテーマとしてオーガニック給食への社会的注目度が一層高まってきているのは事実です。逆に言えば、これからは有機農業関係者以外からもより厳しいチェックの目が注がれ、従来のような内輪の論理は徐々に通用しなくなっていくでしょう』
発達障害をいいように農薬反対運動に利用してきた人々が、みどりの食料システム戦略を追い風に政治参加を強め、議員たちがそれに乗じた結果として大きな批判が巻き起こった。
自分たちが信じてきた狭い世界の常識が突然に批判にさらされたことで、虚を突かれ、混乱しているかもしれない。
だが、彼らが今後より大きな社会的影響力を希求するほど、そのカウンターも大きなものになっていくだろう。
無力から微力へ
こうした人々にフリーハンドが与えられてきたオーガニック給食運動も、あきたこまちR反対運動も、その異様さが白日のもとに晒され始めた。
「世界最大のリスク」であるということは、それだけ多くの人々に問題が可視化され、解決のための叡智を集中させていけるチャンスでもある。
荻上チキ氏・KOPAKU氏の新刊『社会問題のつくり方 困った世界を直すには?』に、こんな一節がある。(※7)
『一歩の歩みでは変わらなくても、いつかは「転換点」がやってくる。無力と微力は、違うんだ』
オーガニックの世界に関わりながら、いまだ声を上げられずにいるけれど、今の状況はおかしいと感じている、そんな人々の存在を私は知っている。
フェーズは変わりつつある。
※記事内容は全て筆者個人の見解です。筆者が所属する組織・団体等の見解を示すものでは一切ありません。
参考
(※1)「誤報・偽情報」が短期的な最大リスク。世界経済フォーラム調査の報告書で ハフポスト日本版
(※2)米大統領選が予測不能に?名門ケネディ家の"異端児”とは? NHK国際ニュースナビ
(※3)混乱、偽情報、分裂の時代を乗り切るために 世界経済フォーラム
(※4)
「あきたこまちR」危険視する根拠ない情報拡散 県注意呼びかけ NHKニュース
「放射線」に過剰反応 コメ新品種「あきたこまちR」の開発手法に誹謗中傷、福島瑞穂氏も 産経新聞
(※5)「米国は三人に一人が発達障害、農薬や抗生物質が原因と言われてる」…川田龍平議員と山田正彦元農相の対談で出てきた発言が反響 Togetter
(※6)農業経営者 No.329(2023年8月号) 有機給食の全国展開運動 私はこう思う 農業技術通信社
(※7)社会問題のつくり方 困った世界を直すには? 著:荻上チキ イラスト:KOPAKU 翔泳社
一部修正しました
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