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第9回 「日本の食が危ない!」は正しいのか?『論点3(後編)世界と日本の食料安全保障~なぜインドが行う輸出制限をアメリカは行わないのか?』【おいおい鈴木君 鈴木宣弘東大教授の放言を検証する】

特集

穀物のうち、生産量・消費量が多いのは、米、小麦、トウモロコシであり、これらは三大穀物と言われる。穀物と大豆は人にとって主要なカロリー源であるうえ、家畜のエサとなって間接的に牛乳や食肉などの畜産物を供給する重要な農産物である。ここでは、“油糧種子”に分類される大豆を含めて「穀物」と呼ぶ。

“専門家”が知らない大輸出国の事情

まず、小麦、トウモロコシ、大豆の主要輸出国である、アメリカ、カナダ、オーストラリア、ブラジル、アルゼンチンなどが輸出制限を行うことはない。

これらの国の所得は高いうえ、食料支出の9割は加工・流通・外食に対するものなので、穀物価格が上昇しても食料支出全体への影響は軽微なものにとどまり、消費者は影響を受けない。逆に、生産者は価格上昇の利益を受ける。

また、これらの国の輸出は、小麦を例にとると生産量の6〜8割を占める。輸出しなければ、国内に穀物があふれ、価格は暴落する。米中戦争で、中国に輸出できなくなったアメリカ産大豆の価格は暴落した。他方、国際市場では供給が少なくなった分、価格が上昇するので、他の輸出国は利益を得る。輸出制限はそれを実施する輸出国の利益を害する。

なお、アルゼンチンの大豆の輸出量が少ないのは、大豆に輸出税をかけて国内価格を低下させることで大豆油を安く生産し、これを輸出しているからである。大豆油に輸出補助金を与えているようなものだ。

アメリカの失敗

過去、アメリカが輸出制限をした例が二回ある。

1973年、アメリカは飼料として利用していたペルー沖のアンチョビーが不漁になったので、国内の畜産農家の飼料用に大豆を優先的に供給するため、大豆の輸出を禁止した。味噌、豆腐、醤油など大豆製品を食料として消費する日本はパニックに陥った。将来の供給不安を覚えた日本は、ブラジルのセラードと呼ばれる広大なサバンナ地域の農地開発を援助した。以来ブラジルの大豆生産は急激に増加し、瞬く間に大豆輸出を独占してきたアメリカを抜き去り、最大の輸出国になってしまった。

大豆の輸出量推移

1979年、アフガンに侵攻したソ連を制裁するため、アメリカはソ連への穀物輸出を禁止した。しかし、ソ連はアルゼンチンなどの他国から穀物を調達し、アメリカ農業はソ連市場を失った。あわてたアメリカは、翌年禁輸を解除したが、深刻な農業不況に陥り、農家の倒産・離農が相次いだ。独占的な輸出国でない限り、外交・政治的観点から戦略的に穀物を利用することはできない。二度の失敗に懲りたアメリカはもう輸出制限をしようとはしない。

途上国の事情

2022年、輸出制限を行った20カ国以上の国の中で、(米についてのインドやベトナムを除く)国際貿易に影響を及ぼすような国はない。

世界第2位の小麦生産国インドが小麦の輸出制限を行ったことが、世界の食料危機を招くとして報道され、鈴木氏もそのように主張している。インドの小麦生産量は1億トンを超える。しかし、輸出量は2020年93万トン、2021年には増加したが、それでも609万トンに過ぎない。人口が多く国内消費が多いため、輸出仕向けは少ない。また、生産量の水準が大きいため、少しでも豊作になると輸出が大きく増加し、不作になると大きく減少する。2023年は輸入国に転じるかもしれないと言われている。不安定な輸出国である。

これに対して、世界全体の貿易量は約2億トン、アメリカやカナダ、オーストラリアの輸出量は、2千〜3千万トン規模である。インドが輸出を禁止しても、世界の小麦需給に大きな影響はない。ちなみに、生産量第1位は中国の1億4千万トンであるが、輸出量はわずか4千トンに過ぎない(2021年)。

次に、これらの国のほとんどは途上国である。自由な貿易に任せると、小麦は価格が低い国内から高い価格の国際市場に輸出される。そうなれば、国内の供給が減って、国内の価格も国際価格と同じ水準まで上昇してしまう(いわゆる価格裁定である)。従来は小麦の輸入国だった場合でも、国内生産があれば輸出される。このとき、国内では供給が減るうえ、価格は上昇する。消費者にとっては二重の痛手となる。このため、輸入国でも輸出制限を行う可能性がある。

収入のほとんどを食費に支出している貧しい人は、食料価格が2倍、3倍になると、食料を買えなくなり、飢餓が発生する。輸出制限を行う国はこれを防ごうとしたのである。つまり、輸出制限は自国民の飢餓防止のために防衛的に行っているに過ぎない。このような国に対して、国際社会が、「自国に飢餓が生じてまでも輸出をすべきだ」などとは、とても主張できない。

アメリカのような大輸出国が輸出制限をすることはないし、インドのような途上国が輸出制限をしても、国内に飢餓が生じてまで輸出しろとは言えない。輸出制限についての国際規律(WTO農業協定第12条)は、このような限界を持っている。

世界の食料安全保障への日本の貢献

穀物の中で米だけは例外である。米の3大輸出国は、インド、ベトナム、タイである。先進国ではない。所得の比較的高いタイを除いて、2008年に穀物価格が高騰したとき、インド、ベトナムは輸出制限を行った。小麦等と異なり、主要な輸出国が輸出を制限するのである。

しかも、小麦等と異なり、米の場合は、生産に占める輸出の割合が極めて低い。小麦26%、大豆43%に対し、米は6%に過ぎない薄い市場“a thin market ”である。輸出量としても、小麦2億トンに対し5千万トンと4分の1に過ぎない。そこで3大輸出国のうち、一人当たりの所得が低いインド(2千万トン輸出)やベトナム(5百万トン輸出)が輸出を制限すると、世界の貿易量が半減し、価格が大幅に上昇する(数値は2021年)。2008年の食料危機では、これら2国の輸出制限で、米価格は他の穀物よりも大きく上昇した。

米・小麦・大豆の全世界生産量に占める輸出量の割合の推移

米輸出量・生産量(2021)

これらの国では生産に占める輸出の割合が極めて低いので、輸出制限をしなくても、生産が少し減少しただけで輸出は大きく減少する。インドの場合、生産が10.7%減少しただけで、輸出量は100%減少する。他の穀物に比べ、米の貿易は極めて不安定である。さらに、米の場合、輸入国も途上国が多い。2008年、インド、ベトナムの輸出制限により、米の輸入国であるフィリピンなどは大きな被害を受けた。

つまり、穀物の中で、アジアの国が主食とする米の貿易は、食料安全保障の観点から大きな問題を抱えているのである。しかし、G7の中で、この問題の解決に貢献できる唯一の国がある。それは我が日本である。

価格支持で生じた過剰農産物を、EUは減産ではなく、国際市場で処理してきた。これに対し、国内市場しか見てこなかった日本は、50年以上も減反政策で米の生産を減少させてきた。今の国内生産は670万トンを下回るまで抑制されている。しかし、潜在的な生産力は1700万トンある。減反を止め、700万トンを国内で消費し、1000万トンを輸出してはどうか。このとき、米の自給率は243%となるので、食料自給率は63%に上昇する。

政府は農産物の輸出振興を行っているが、最も有望な輸出品目は日本のおいしい米である。大量の米を輸出できれば、貿易赤字減少にも貢献できる。

これによって、世界の米の貿易量は2割上昇して6千万トンになる。タイやベトナムも5百〜6百万トン程度の輸出しか行っていない。日本はインドに次ぐ世界第2位の米輸出国になる。しかも、生産量の6割を輸出していれば、生産が多少減少したとしても、輸出量はインドのように減少しない。10%の生産減少でも17%の輸出減少である。日本は国際米市場でも例外的な安定的輸出国となる。これは、穀物貿易の中で、食料安全保障の観点からは最も弱い“vulnerable ”部分である米貿易に対して、瑞穂の国、日本が行う重要な貢献ではないだろうか?

日本にとってシーレーンが破壊されるという物理的なアクセスが困難となる事態には、輸出もできない。このとき平時に輸出していた1000万トンを国内に回せば、1億2千万人の同胞の飢餓を回避できる。これは財政負担のかからない無償の備蓄の役割を果たす。世界の食料安全保障への貢献が、日本の食料安全保障につながる。「情けは人のためならず」ではないだろうか?

生産を拡大すべきは、米であって麦・大豆ではない。農政は、水田を畑地に転換して米生産を減らし、無駄に財政負担がかかる生産を振興しようとしている。現在、国産の麦・大豆について、消費者は国際価格よりも高い価格を払っているうえ、現在2300億円の財政負担をして生産を振興しているが、130万トンの麦・大豆しか生産できていない。2300億円で小麦の年間消費量を上回る700万トンほどの小麦を輸入・備蓄できる。危機が起きたときに、130万トンしかないのと700万トンあるのとでは、大きな差である。

減反は、国民にとって、納税者として補助金を負担しながら、米価を上げて消費者としても負担も高めるという異常な政策である。減反廃止で3500億円の補助金がなくなり、消費者は米価低下の恩恵を受ける。価格低下の影響を受ける主業農家に補償するとしても1500億円で済む。危機のときには1000万トンの米備蓄がある。逆に、水田をなくせば、水資源の涵養や洪水防止などの多面的機能も損なう。

しかし、危機が長引くと、翌年の供給を考えなければならない。シーレーンが破壊されると、石油も輸入できない。石油がなければ、肥料、農薬も供給できず、農業機械も動かせないので、単収は大幅に低下する。戦前は、化学肥料はある程度普及していたが、農薬や農業機械はなかった。この状態に戻る。

終戦時、人口は7200万人、農地は600万ヘクタールあった。仮に、このときと同じ生産方法を用いた場合、人口が1億2550万人に増加しているので、農地面積は、1050万ヘクタール必要となる。しかし、農地は宅地への転用などで440万ヘクタールしか残っていない。

ゴルフ場、公園や小学校の運動場などを農地に転換しなければならないが、九州と四国を合わせた面積に相当する600万ヘクタールの農地を追加することは不可能だ。真に国民への食料供給を考えるなら、大量の穀物を輸入・備蓄して危機に備える必要がある。このためには、減反廃止で余った金を活用すればよい。

ロシア軍がキーウを陥落できなかったのは、食料や武器などを輸送する兵站に問題があったからだ。食料がないと軍を動かすことはできない。戦前、農林省の減反提案を潰したのは陸軍省だった。減反は安全保障に反する。

日本の食料安全保障は軍事的な安全保障と一体的に考えなければならない。エネルギーも同じである。軍事的な安全保障は、防衛省だけで対処できるものではない。日本の問題は、政府部内にこれらを総合的に分析・判断・処理する組織がないことである。縦割りの組織では有事に備えられない。

JA農協など農政トライアングルに食料政策を任せてしまった結果、日本の食料安全保障は危機的な状況になっている。有事になると、日本は戦闘行為を行う前に食料から崩壊する。国民は食料政策を自らの手に取り戻すべきだ。

【第10回へ続く】

 

【おいおい鈴木君 鈴木宣弘東大教授の放言を検証する】記事一覧

筆者

山下 一仁(キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹)

続きはこちらからも読めます

※『農業経営者』2023年5月号特集「おいおい鈴木君 鈴木宣弘東大教授の放言を検証する」を転載

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