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黒田・木村-黒田氏による「自閉症や発達障害増加の原因は農薬」は不正確
「ごく少量であってもネオニコチノイドが、ラットの小脳の神経細胞の活動を攪乱して毒性を発揮する」とする木村-黒田論文(2012年発表)は、欧州食品安全機関(EFSA)によって検証されたが、使用された試験管レベルの試験モデルでは、複雑な神経発達の過程は細胞レベルでは正しく評価できず、行動への影響も実験で同試験モデルでは評価不可とされた。
だが、未だにネオニコチノイドや、さらにはグリホサートまで化学農薬が自閉症や発達障害の原因や、少量であっても影響を及ぼすと言及する根拠として、黒田洋一郎・木村-黒田順子氏の論文や論説がしばしば引用される。唐木英明氏が黒田・木村-黒田による論説を改めて評価した。
EFSAが取り上げたKimura-Kuroda ら(2012)の論文は杞憂に終わった
AGRI FACTが検証した論文
Junko Kimura-Kuroda et al.(2012)Nicotine-Like Effects of the Neonicotinoid Insecticides Acetamiprid and Imidacloprid on Cerebellar Neurons from Neonatal Rats
Kimura-Kuroda ら(2012)の論文は、ラット新生児から脳細胞を取り出して試験管内で培養し、培養液にネオニコチノイドを添加したところ、細胞のニコチン性アセチルコリン受容体(nAChR)を刺激して細胞内へのカルシウム(Ca)流入が増えたというものです。これをもって著者らは、ネオニコチノイドは脳の発達に悪影響があると言っています。
EFSAがこの論文を取り上げた真の理由は分かりませんが、考えられるのはヨーロッパの風潮、すなわち多くの人が懸念するような情報は、たとえその科学的根拠が薄くても、予防の措置として取り上げることで、不安に対応しようという姿勢です。それではこの論文が示唆していることと、EFSAがこの論文を取り上げたことは正しかったのでしょうか。
この論文が発表された4年後にSheetsら(2016)の総説が発表されました。この総説は、この間に発表された多数の論文を検証した結果、「ネオニコチノイドには、ニコチンのような発達神経毒性作用や神経発達への作用は認められない」と結論しています。そしてKimura-Kuroda ら(2012)の論文を次のように評価しています。
Kimura-Kuroda ら (2012) は、新生児ラットの小脳顆粒細胞の初代培養系を使って、ニコチン、イミダクロプリド、アセタミプリドがnAChR活性化し、細胞に興奮性 Ca流入が起こることを報告した。しかしイミダクロプリドとアセタミプリドの作用はニコチンと違った点があり、nAChR に対する作用がニコチンと違っていると考えられる。培養細胞でのCa流入がnAChR 活性と関連するのか、発達神経障害に関係するのかについては、ネオニコチノイドの投与が一過性であり、使用した細胞の成熟が進んでいることから、不明である。
さらに,この試験系には,化学物質が細胞に作用することを妨げる代謝分解や血液脳関門などの防御システムが存在しない点で、生体とは大きく違う。このように、この論文は試験管内での現象を見たものであって、必ずしも発達神経障害との関係を示すものではない。これらのネオニコチノイドがnAChRを活性化する作用は、ニコチンよりずっと低いことがすでに示されているが、この試験の結果はそれらとは異なる。したがって、この論文は確認が必要であり、生体を用いた実験結果と照らし合わせて解釈する必要がある。
2017年にCiminoら(2017)は人への影響を疫学的に調べた論文だけを集めて評価しました。その結果、一般住民を対象とした研究は4件しかなく、ネオニコチノイドへの慢性的な曝露が発達障害や神経学的毒性と関連する可能性が示唆されていますが、研究の数が少なく、研究の方法に問題があり、確証は得られていないと述べています。
このように、試験管内での試験ではネオニコチノイドの発達神経毒性の可能性は否定され、人の疫学調査では明確な答えが出ていないという状況です。EFSAは予防の措置としてKimura-Kuroda ら(2012)の論文を取り上げたのですが、それは杞憂に終わったと言えます。(編集部註:農薬工業会も同論文について見解を出している。)
参考文献
LP Sheets, AA Li, DJ Minnema, RH Collier, MR Creek, RC Peffer. A critical review of neonicotinoid insecticides for developmental neurotoxicity. Crit Rev Toxicol. 46(2): 153–190, 2016. doi: 10.3109/10408444.2015.1090948
AM Cimino, AL Boyles, KA Thayer, MJ Perry. Effects of neonicotinoid pesticide exposure on human health: a systematic review. Environ Health Perspect. 125:155–162, 2017. https://dx.doi.org/10.1289/EHP515
ネオニコチノイド発達障害原因説は一切証明されていない
AGRI FACTが検証した論説
・黒田洋一郎・木村-黒田順子著「自閉症・ADHDなど発達障害増加の原因としての環境化学物質 -有機リン系、ネオニコチノイド系農薬の危険性(上) 科学83(6)693-708(2013)
・同上(下) 科学83(7)818-944(2013)
この論説のタイトル「自閉症・ADHDなど発達障害増加の原因としての環境化学物質 -有機リン系、ネオニコチノイド系農薬の危険性」は、増加傾向にある発達障害の原因が環境化学物質であることを示唆するものであり、(下)818ページでは、『前号(上)で、近年の日米欧における自閉症など発達障害児急増の原因は、従来言われてきた「遺伝要因」では説明がつかず、環境要因が主要であること、ことに感受性が高い胎児期や小児期などに農薬やPCBなどの有害な環境化学物質を暴露すると発達障害のリスクが高くなることを述べた』と記述しています。
しかし本論説(上)の内容は、両者の相関関係を述べるだけで、因果関係の証明はない。著者は(下)831ページで『自閉症やADHDなどの発達障害の原因として、農薬や環境化学物質との厳密な因果関係を完全に証明することは、複雑極まりないヒト脳研究の中でも、技術的にもとりわけ困難である。』と述べ、因果関係の証明が存在しないことを自ら明らかにしています。
にもかかわらず、同ページで『有機リン系農薬、PCB、鉛、水銀などはすでに疫学調査により発達障害のリスク因子であることが明らかになっており、放置することは発達障碍児をますます増やす可能性が高い』と述べ、『農薬や環境化学物質についても予防原則を適用し、危険性が高いものは使用禁止にするなどの国レベルでの施策が必要であろう。』と結論付けています。
ここで例示されている有機リン系農薬、PCB、鉛、水銀についてはその毒性が明らかにされて、すでに厳しい規制が行われています。しかし、それらが「疫学調査により発達障害のリスク因子であることが明らかになっている」という記述は不正確であり、「相関関係を示す少数の論文があるが、因果関係の証明はない」「極端な条件下での動物実験はあるが、人への影響は明らかではない」という状況です。しかも、この論説が発表された2013年以後、今日に至るまで、農薬や環境化学物質が発達障害の原因であることは科学的に証明されていません。
以上、この論説は2013年当時のデータに基づいて著者らの懸念を示したものですが、その後の8年間でその可能性は証明されていないため、著者らの懸念は杞憂であると判断されます。
「ラウンドアップ危険説」は少数の研究者たちの論文を集めて作った物語
AGRI FACTが検証した論説
・除草剤グリホサート/「ラウンドアップ」のヒトへの発がん性と多様な毒性(上)科学89(10)933-944(2019)
・同(下)科学89(11)1036-1047(2019)
この論説「除草剤グリホサート/「ラウンドアップ」のヒトへの発がん性と多様な毒性」は除草剤ラウンドアップおよび、その有効成分であるグリホサートには発がん性があるだけでなく、多くの病態の原因になっていると述べています。
グリホサートの毒性に関する研究は非常に多く、医学・生物学文献データベースのPubMedで検索するとグリホサート(glyphosate)で4000件以上、glyphosateと毒性(Toxicity)で1400件以上が見つかります。世界の食品安全機関は毒性試験に加え、これらの論文を精査して、グリホサートに発がん性はなく、その毒性は極めて低いと判断し、農薬としての使用を許可しています。
しかし、中にはグリホサートに発がん性があるとするものや、それ以外の多くの病気の原因であるとする論文が少数あります。論文の正しさは、検証の繰り返しにより確認されます。そして、グリホサートが危険とする論文の中で、厳しい検証によりその正しさが証明されたものはありません。
世界の状況を見ると、「ラウンドアップ危険説」を主張する少数の研究者が存在します。ラットで発がん性があったという論文を発表して、「間違い論文」として取り消し処分を受けた仏カーン大学のセラリーニ氏ら、グリホサートは腸内細菌に影響して多くの病気を起こす、あるいはラウンドアップの毒性はグリホサートではなく界面活性剤のためとする英国キングスカレッジのメスネージ氏ら、そして実験はせずに可能性を積み上げることで、ラウンドアップがコロナを含むあらゆる病気の原因と主張し、専門家からは無視されていますが反農薬団体からもてはやされているMITのコンピュータ学者であるセネフ氏らです。
本論説(下)1042ページには『朝日新聞ウェブサイト「論座」で、過去の特定の論文のみを対象にして、グリホサートや「ラウンドアップ」などグリホサート製剤に発がん性はないとする主張が公開されました。一方、本稿と前号(上)で紹介したように、グリホサート/グリホサート/製剤では、ここ数年、多様な新しい毒性が判明してきた。』と記載されています。この主張は、発売以来40年にわたり、 800以上の試験で安全性が証明され、150か国以上で使用され、健康上の問題がない事実を無視したものであり、検証による確認を受けていない「特定の論文」だけを集めることで自身の物語を作り上げていると言えます。
国際がん研究機関がグリホサートは「ヒトに対しておそらく発がん性がある」と判断したことに対する世界の研究者の反論、グリホサート関連製品が世界各国で禁止処分になっているという事実はないこと、カリフォルニアでの裁判でラウンドアップの販売元であるモンサント社(現バイエル社)が敗訴した裏側の事情については、AGRI FACTの記事を参照してください。
参考
筆者唐木英明(公益財団法人食の安全・安心財団理事長、東京大学名誉教授) |