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科学に挑戦する誤情報の襲撃に、立ち向かう科学者という侍:56杯目【渕上桂樹の“農家BAR Naya”カウンタートーク】
有機野菜に健康上の利点はないし、美容に良いわけでもない。
これは、科学の世界では一通り決着がついたとされているものです。
ましてやアレルギーや発達障害を “改善する” なんてことはありません。
もちろん、たまたま似た事例はあるかもしれませんし、科学は新しい発見がある可能性もありますが、それはデータを積み重ねた上で学会などのアカデミアの世界で話し合われる必要があります。
しかしながら、農業のトンデモの多くはSNSや講演会で生み出され、アカデミアのあずかり知らないところで場外戦のように広がってきました。
科学的な誤情報に立ち向かう“七人の侍”
科学的に根拠のない効果・効能を表示することは法律で制限されていますが、一部の生協や有機野菜を扱う団体などでは法律ギリギリを攻めているところもあります。
SNSなどのインフルエンサーや有機野菜を看板に、健康ビジネスを展開する団体は、もっとあからさまに科学的に間違った言説を謳っています。
その内容は先述したように「有機野菜で健康に」というふんわりしたものではなく、「お米に放射能がある」「日本の野菜は危険」など、より加害性の高い情報です。
こうした数々の情報はほとんどが野放しにされ、行政もマスコミも目を瞑っています。
そして、本来は科学的に裏付けられるべき政策が、あろうことか科学の世界とは真逆の方向に決定づけられる事態が発生しています。
代表的なものが「安全・安心オーガニック給食」です。
農業の不安を煽る誤情報に対しては、最近では農業者たちがSNSなどで積極的に情報発信するなどの対応にあたっています。
正当な手続きを踏むことなく出回る誤情報は、一般消費者にとっても有害であるのですが、真っ先に尊前を傷つけられるのは生産や販売を生業にする人たちなのです。
そんな誤情報による加害行為は、私の眼には平和な農村にやって来る野武士の襲撃のように見えます。
そして、農業者たちが満足な武器もなく頼れる者もいない状況で覚悟を決めて立ち向かっている様子は、黒澤明監督の映画「七人の侍」の農民たちのように思えるのです。
では、七人の侍は誰でしょう?
科学の知識という武器を持ち、アカデミアの世界で鍛錬を積んだ猛々しい侍。
それは科学者だと思います。
誤情報による襲撃は、サイエンスの世界への挑戦でもあるはずです。
農業に限らず、処理水を巡る問題などサイエンスへの挑戦はこれまでにもありました。
ですが、映画とは違って、現実の世界ではお侍さんが現れるシーンはなかなか見られませんでした。
学術会議という立派なお城の中からお侍さんが姿を現すのを、放射能デマの襲撃に苦しむ人々は待ち望んでいたはずです。
映画の農民ではありませんが、私も信念だけを頼りにトンデモの襲撃に立ち向かう一人だと思っています。
誤情報を相手に立ち向かうと決めた時、仲間になってくれた科学者の先生もいました。
東京大学名誉教授の唐木英明先生です。
しかし、唐木先生を知る人物からは「唐木先生のように誤情報と闘い、一般消費者向けに情報発信をする科学者は珍しい」と聞きました。
現実はその通りで、専門家の中には「その表現は語弊があります」と細かい部分を気にして指摘をする人もいました。
「うん、それはわかるけど、農薬について発信するなら、まずはシアン化合物の種類を覚えてからでないと」とハードルを設定してくる人もいました。
確かにそうかもしれませんが、「種なしブドウを食べたら不妊になる」のように明らかに荒唐無稽なデマに対しては無反応を決めているのに、気になるのはそこですか? と驚いてしまうのです。
映画で言うと、七人の侍が現れたかと思ったら、「その武器の使い方は間違っているよ」と言い残して去っていったようなものです。
そんな映画、観客はみんながっくりしてしまいます。
科学者の対応には利点がある
これは私の印象ですが、専門知識が増えれば増えるほど荒唐無稽なデマに馬鹿らしくなり、それを指摘する人をさらに豊富な知識で指摘する傾向にあるように思えます。
ですが、そんなことばかりが続くと馬鹿馬鹿しい誤情報に立ち向かう人がいなくなってしまうのです。
科学者が農業の誤情報に対応する利点は他にもあって、たとえば農業者が「農薬についてのその情報はウソだよ」と指摘しても、「自分の経済活動を守るためかな?」「野菜を売りたくてそう言っているのかな?」と思われることがありますが、科学者の言葉であれば印象も違います。
科学者がこうしたコミュニケーションに参加するのには課題もあるでしょう。
誤情報との戦いは、アカデミアでの戦いとは全く別物だと思います。
リスクもあるかもしれません。
「デマに対応して大学に変な電話がかかってくるのも困るから、触れないように言われている」と言った先生もいました。
ですが、良い兆しもあります。
2024年に開かれた英国人ジャーナリスト、ケイト・ケランドさんの講演会によると、科学者の7割近くが「サイエンスコミュニケーションをやりたい」と回答したそうです。
医療の分野では進んでこうしたコミュニケーションを活発にしているように思えます。
SNSでは専門家たちが誤情報の訂正を粘り強く続け、一般人にわかりやすい発信を工夫し、独自の発信チャンネルを運営し、行政にも働きかけているのです。
医療関係者は、過去の経験からアカデミアが無視され、非科学的な政策決定がなされることに対しての危機感が違うからだと思います。
また、異業種の一般の人たちとのコミュニケーションに慣れているのが理由であると私は考えます。
農業界はまだそういった機運はありませんが、医療の先輩方を参考にすれば何か変わる気がします。
私も他の農業者も、何かの得のために誤情報の対策をしているわけではありません。
科学者にも対策に参加してほしいとは思いますが、任せきりにしたいと思う人もいないでしょう。
現場の人たちで科学の専門家をリスペクトしない人はいないと思います。
では、科学者たちはどうでしょう?
侍たちを率いる島田勘兵衛は百姓から受け取った白い飯を手にこう言いました。
「この飯、おろそかには食わんぞ」と。
【渕上桂樹の“農家BAR Naya”カウンタートーク】記事一覧
筆者渕上桂樹(ふちかみけいじゅ)(農家BAR NaYa/ナヤラジオ) |