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第1回 何が決まったのか?──米最高裁が示した「企業責任」の新ルール【ラウンドアップ米最高裁判決】

ラウンドアップ米最高裁判決

ラウンドアップ訴訟で問われたもの

「米最高裁がラウンドアップ訴訟でバイエル勝訴の判決」

2026年6月26日、このニュースは世界中の農業関係者や法曹界に大きな衝撃を与えた。しかし、報道の多くは「バイエル勝訴」という結果を伝える一方、この判決が本当に意味するところまでは十分に伝えきれていない。

今回の裁判は、除草剤ラウンドアップの安全性そのものを争ったものではない。EPA(米国環境保護庁)は長年にわたり膨大な科学的データを審査し、ラウンドアップの安全性を確認済みである。

最高裁が判断したのは、そのEPAの科学的評価に従った企業に対し、州法に基づいて追加の警告義務を課すことができるかという点である。

言い換えれば、「科学に基づく行政規制」と「陪審による民事裁判」のどちらを優先するのか――。米国の製品安全規制の根幹が問われた裁判だった。

判決は7対2。最高裁は、EPAが承認したラベルに従って販売された農薬について、「州法に基づいて追加の発がん警告を義務付けることはできない」と判断した。この判決はラウンドアップ訴訟だけでなく、今後の米国における農薬や化学物質をめぐる製造物責任訴訟全体に大きな影響を及ぼす可能性がある。

本連載では最高裁判決の内容だけでなく、その背景にある法理、農業界の反応、そして日本への示唆などを5回にわたって詳しく解説する。

判決が問うたのは「発がん性」ではなく「企業責任」

今回、最高裁が審理したのは、ラウンドアップに発がん性があるかどうかではない。

争点となったのは、連邦殺虫剤・殺菌剤・殺鼠剤法(FIFRA)の下でEPAが承認した農薬ラベルに対し、州法によって「発がん警告を追加すべきだった」として企業責任を問うことができるかどうかである。

事件の発端は、ラウンドアップ使用者のジョン・ダーネル氏が、ラウンドアップへの曝露(ばくろ)によって非ホジキンリンパ腫を発症したとして、製造元モンサント(現バイエル)を提訴したことにある。ミズーリ州控訴裁判所は「警告義務違反(Failure to Warn)」を認め、約125万ドルの損害賠償を命じた。

これに対しバイエルは、「EPAは長年にわたり、ラウンドアップについて発がん警告は不要と判断し、その表示を承認してきた。EPAの承認どおりに表示している企業に対し、州法で追加の警告義務を課すことは、連邦法と矛盾する」と主張して最高裁へ上告した。

最高裁は、このバイエルの主張を支持したのである。

国が定めた全国共通のルールを優先するという最高裁判断

最高裁が重視したのは、「ラウンドアップは安全か危険か」ではなく、「国が定めたルールと州が定めたルールのどちらを優先すべきか」という法制度上の問題である。

米国では、農薬の販売や表示は連邦法であるFIFRAに基づき、EPAが科学的データを審査したうえで承認している。メーカーはEPAの承認を受けた表示を勝手に変更することはできず、新たな警告を追加する場合もEPAの承認が必要になる。

一方、原告側は「たとえEPAが発がん警告を求めていなくても、企業には州法に基づいて独自に警告する義務がある」と主張した。

しかし最高裁は、この考え方を採用しなかった。

判決は、「EPAが承認した表示とは異なる警告を州法によって企業に義務付けることは、FIFRAが禁じる『追加的または異なる表示義務』に当たる」と判断したのである。

この判断は、農薬の表示を州ごとに変えることを認めないという意味でもある。

仮に州ごとに異なる表示義務が認められれば、同じ農薬でありながら州によってラベルの内容が異なるという事態が生じる。メーカーは全米50州それぞれの基準に合わせて製品を販売しなければならず、全国共通の規制制度そのものが成り立たなくなる。

最高裁は、そのような事態は連邦議会がFIFRAを制定した趣旨に反すると判断したのである。

繰り返される「規制」と「司法」の衝突に終止符

今回の判決は、「規制」と「司法」の衝突に一つの結論を示したともいえる。

EPAのような規制当局は、膨大な毒性試験や疫学研究、曝露評価などを総合的に審査し、安全性を評価したうえで全国共通のルールを定める。

一方、陪審裁判は個別の被害を対象に、「その企業は十分な注意義務を果たしたのか」という観点から責任を判断する。ラウンドアップ訴訟では、この二つの仕組みが正面から衝突した。

最高裁は、「EPAが科学的審査を経て承認した表示については、その判断を尊重すべきであり、州法で異なる義務を課すことはできない」と結論付けたのである。

この判決は、ラウンドアップだけを対象にしたものではない。

今後、EPAが承認する他の農薬についても、同様の警告義務訴訟に大きな影響を及ぼすことになる。また、農薬以外の製品分野でも、「国の規制と州の民事責任の関係」を考える上で重要な判例として引用される可能性が高い。

対企業訴訟を不可能にする判決ではない

今回の判決について、「ラウンドアップ訴訟はすべて終わった」と受け止めるのは正確ではない。

まず、すでに成立した和解が取り消されるわけではない。 バイエルはこれまで巨額の和解金を支払い、多くの訴訟を解決してきたが、それらは最高裁判決とは別個の法的合意であり、今回の判決によって覆ることはない。

一方で、現在係争中の「警告義務違反」を根拠とする訴訟や、今後提起される同種の訴訟については、大きな転換点となる。

最高裁は、EPAが承認したラベルに従って販売した企業に対し、「本来は別の警告を表示すべきだった」と州法で責任を問うことはできないとの考え方を明確に示した。今後、多くの訴訟はこの判例の影響を受けることになる。

もっとも、企業に対するあらゆる訴訟が不可能になったわけではない

例えば、製品設計上の欠陥や製造上の過失、虚偽・不当表示など、警告表示とは異なる法的論点による請求まで否定した判決ではない。今回最高裁が判断したのは、あくまで「警告義務違反(Failure to Warn)」という類型に限られる。

したがって、この判決は「バイエルが全面勝利した」というより、「警告表示をめぐる法的ルールが明確になった」と理解する方が正確である。

歴史的判決といわれる理由

今回の判決が歴史的と評価される理由は、ラウンドアップ一製品の問題にとどまらないからだ。

米国では近年、農薬や医薬品、化学物質をめぐり、「規制当局が承認した製品であっても、州法による民事訴訟で企業責任を問うことができるのか」という問題が繰り返し争われてきた。

最高裁は今回、その重要な争点について一定の方向性を示した。

つまり、科学的審査を経て国が承認した表示については、その判断を尊重し、州ごとに異なる表示義務を課すべきではないという考え方である。

もちろん、この判決によってラウンドアップをめぐる社会的議論が終わるわけではない。安全性に関する評価や農薬に対する社会的な見方には、今後もさまざまな議論が続くだろう。

しかし少なくとも法制度の面では、「行政が科学的審査を経て定めた全国共通のルールを、州ごとの民事裁判によって変更することはできない」という一つの大きな原則が示された。その意味で、本判決はラウンドアップ訴訟の帰趨(きすう)を超え、米国の製品安全規制と製造物責任法の歴史に残る判決となったのである。

次回予告

第2回では、今回の最高裁判決を米国の農業団体や農家はどのように受け止めたのかを紹介する。多くの農業団体が判決を歓迎した背景には、「ラウンドアップ擁護」という単純な理由ではなく、米国農業が長年抱えてきた規制と訴訟の問題がある。その実像を、各団体の声明をもとに詳しく解説する。

 

第2回へ続く〉〉

【ラウンドアップ米最高裁判決】記事一覧

筆者

浅川芳裕(農業ジャーナリスト、農業技術通信社顧問)

 

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