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トンデモを信じる人と、こうやって話してきた:70杯目【渕上桂樹のバーカウンター】
農と食をめぐるトンデモ(事実に基づかない風評や誤情報)をテーマに、このコラムを書き続けてきました。気がつけば今回で70回目です。
私は農業の専門家でもなければ、生産者でもありません。ただ、バーの経営や情報発信の仕事をしながら日頃から生産者と消費者の両方と接し、それぞれの話を聞く機会があります。そういう意味では、専門家とまでは言えなくとも、農と食をめぐるコミュニケーションの現場から見えてくるものもあります。そのためか、農業や食品に関する誤った情報を信じている人と話をする機会も少なくありません。今回の70回目では、そうした人たちと話をするときに私が心掛けていることをまとめてみたいと思います。
①否定したらそこで試合終了です
意見は人それぞれなので否定しないのはもちろんですが、事実ベースで誤った情報を信じる人もいます。そういう時でも否定せず、肯定から入ることも可能です。
たとえば「YouTubeで見たんですけど、世界中で禁止されている除草剤が日本だけ使われているんですよね?」という問いに「はい、そうですね。たしかにそういうYouTube動画はありますよね」と、“そういう動画が存在する”という肯定から回答を始めることはできます。また、「種苗法改正でタネとりが禁止になるそうで怖いですよね」という誤った情報でも「はい、自家採種が禁止されたら確かに怖いですね」と、“相手の感情”を肯定することはできます。
もしここで「いや、それは違います」から始めると、それ以降の話を聞いてもらえなくなることもあるのです。そのため「そうですね」から始めて、会話の中で「もう少し詳しくお話ししますと~」と、情報を付け加える形式をとる方が受け入れられやすいのです。
このやり方は、トンデモと関係なく普段から活用できます。たとえばお客さん同士の会話で「とうもろこしが美味しい季節? そりゃ冬だよ。ねえマスター、とうもろこしの旬はもちろん冬だよね?」と誤った情報をもとに話を振られた時には「はい、冬の寒い日に飲むあったかいコーンスープは最高ですよね!!」と一旦肯定する。そして、「うん、あれはいいね」「私も好き」とみんなで共感した上で「ただ、“収穫量で言えば”夏が圧倒的に多いんです。私も栽培していた時は暑くなる前に早起きして収穫していました」と事実を付け加えることで相手の気持ちを大切にしつつ事実を伝える両立が可能です。
②大切なことほど自分で気づいてもらう
「SNSで見たんですけど、日本の農薬の基準は大幅に緩和されたらしいですね」と言われた場合、多少知識がある人なら「ああ、それはデマですね。緩和した部分だけ切り取ってるんですよ」と結論までズバリ言うこともできるかもしれませんが、それだと一緒に会話を進めている感覚になりません。先ほど述べたように
「農薬の基準が緩和ですか? ああ、ありますね」
と一旦肯定した上で質問します。
「厳格化されたものの話はありましたか?」
『え? 厳しくなることもあるの?』(以下、会話中の相手の発言は『』で記します)
「ありますよ」
『知らなかった』
「その記事には書いてなかったんですか?」
『全然。緩和されたことしか書いていなかったから』
「そうなんですか? 基準の見直しの時は緩和と厳格化が普通はどちらもあって、基本的にはトータルの摂取量では変わらないようになっているんです。でも、どうして緩和の部分しか話してくれなかったんでしょうね?」
『もしかして、わざと切り取ってたのかも!?』
「なるほど。たしかにそうかもしれませんね」
『アクセス数を稼ぎたいのかな?』
「それはたしかにありそうですね。他にどんなことが書いてありましたか?」
『なんか健康の情報とか? 怪しいやつかな?』
「そうかもしれませんね。気をつけた方がいいでしょうね」
このように、「その情報は切り取られたもので、発信源には気をつけよう」という結論を、自分で気づいてもらうことも大切です。
③必ず道徳的優位性を守る
農薬の危険情報を真に受ける人は、「農薬のことをよく知っている」という知識の自信ではなく、「他人よりも気をつけている」「世の中や子供のことを考えている」というように道徳的に自信を持っていることが多いです。この“道徳的優位性”は誰にとっても大切なことで、失うことには抵抗感があります。そのため、「あなたが危険視しているモノは別に危険でもなんでもないし、情報源も間違っていた」という事実を突きつけるだけでは失礼で、相手の態度をかえって硬化させる結果になりかねません。
たとえ丁寧に説明して不安を解消したとしても、その不安を元に世の中や子供たちのことを考えていたという人は簡単に納得して終わらせるわけにもいかないのです。そのため、別の道徳的優位性をこちらから提案します。たとえば、「会ったこともない農薬メーカーさんの仕事をリスペクトできる方ですね」「オーガニックかどうかだけにとらわれず、誠実に物事を見る方ですね」などです。こうして相手の道徳性を守る姿勢がなければ、相手が大切にしていた思いを無駄だと言っていることになってしまうのです。道徳はアイデンティティそのものなので、大切にしなければ良い関係は築けません。
④科学やデータの話ばかりせずユーモアのスパイスを加える
農業や食品安全の現場では科学やデータに基づいて議論されるべきですが、コミュニケーションの現場は必ずしもそうとは言えません。「あ、その話ならよく知ってる!」と思ってこれまでの経験で身につけた知識を披露しても「あー、すごいですねー」という顔をされるだけで心にまで言葉が伝わるとは限りません。プロ同士なら知識がある人を尊敬して、その人から知識を得たいと思うかもしれませんが、関係ない人は日常会話でそれほど情報を求めていません。そのため、知識やデータは「聞かれてから答える」くらいで十分だと思います。そして、その際もただのデータの陳列ではなくユーモアや驚きを加えます。
「輸入小麦の残留農薬の記事ですか? あー、これ! 計算したら1日50キロずつ毎日食べた時に危険かどうかっていう量ですよ笑」
『ほんとですか? そんなに食べられない笑』
「そんなに食べたら農薬関係なく危ないですよね笑」
といった具合です。つまり、コミュニケーションの現場ではデータに感情をプラスしたほうが良いということです。
⑤トンデモ情報の向こう側にいる人の話をする
一般生活で農薬メーカーやJAの“中の人”に接する人は少ないものです。そのため、カジュアルに陰謀論のネタとして消費されます。「農薬メーカーは危険な農薬を売りつけている」「発達障害が増えているのは農薬のせい」「JAはコメを農家から安く買い叩いて、高値で売りさばいている」という陰謀論がそうです。たいていは軽い気持ちで話されます。私はそういう時には農薬メーカーやJAの“中の人”のエピソードを紹介します。いつも熱心に農家を回るJA職員さんや、いつも冗談ばかり言っているけど科学の知識はすごい農薬メーカーの社員さんなど、私の知っている人の話です。すると、ちょっとしたネタのつもりで話していても、向こう側に生身の人間がいることを意識してくれます。
⑥相手の考えを変えようとして話さない
無理に考えを変えたとしてもその人が発信してきた情報を訂正してくれるとは限りませんし、他のジャンルの陰謀論に興味が移るだけのこともあります。これは何度か体験しました。だから、私は相手の考えを変えるよりも、いつでも話ができる関係性を築くことを考えています。しっかり話を聞くことに気をつければ、結果的にはこちらの話にも耳を傾けてもらいやすくなります。もちろんうまくいかなかったことも何度もあります。わかっていてもできないこともあります。ここに書いた失敗も、うまく伝わったことも全て体験談です。
これらが、トンデモを真に受けている人と話す際に私が気をつけていることです。一応補足しておきますと、単純にトンデモを真に受けているだけの人とはこういうコミュニケーションが成り立ちますが、商売などのために意図的にトンデモを発信している人や、論争そのものを目的としている人となると話が別です。ですが、現実にはそういう人は滅多にいません。
70回にわたり本コラムを書き続け、執筆を通じて農と食をより深く考えるようになりました。その中で農薬や食品安全、そして社会についても学ぶ機会がありました。しかしながら、最も学んだのは人との向き合い方だったと思います。農と食の世界では科学やデータが大切です。しかし、その科学やデータを届けるためには、まず人と人との信頼関係が必要です。時間がかかるかもしれませんが、作物の成長もそうなので、案外農業と同じかもしれません。70回目の今回は、そんな時間をかけて育ててきた私なりの考えをお届けしました。
筆者渕上桂樹(ふちかみけいじゅ)(農家BAR NaYa/ナヤラジオ) |



