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根拠の乏しい仮説! 腸管内のアミノ酸合成を抑制して健康被害をもたらす
代謝酵素の働きが抑制される?
除草剤ラウンドアップの主成分グリホサートは世界の規制機関によってその安全性が証明されています。しかし、セネフ博士とサムセル博士は、彼らがグリホサートに関して最初に発表した論文『腸管微生物によるシトクロムP450酵素とアミノ酸生合成のグリホサートによる抑制:現代病への経路』において、以下のように主張しました。
主張①:グリホサートを摂取することで、化学物質を代謝するシトクロムP450という酵素の働きが抑制される。
主張②:シトクロムP450の働きが抑制されることで、人の消化管に存在する微生物たちが行っているアミノ酸の生合成が抑制される。
結論:①と②が起こることで、さまざまな健康被害が出る。
この論文の内容について、詳しく掘り下げていきます。
シトクロムP450の役割
多くの臓器に含まれているシトクロムP450は、体内に入った異物(薬物など体内にもとから存在しないもの)を水に溶けやすい物質に変換する「代謝」という働きを担い、とくに肝臓に多く含まれています。
代謝によって水に溶けやすい物質に変換された異物の多くは活性(体内で活発に働きかける力)や毒性を失うため、シトクロムP450は体内の異物に対して防御的な働きを行うと言えます。
動物のシトクロムP450の働きを抑制するわけではない
セネフ博士とサムセル博士の主張①は「植物で行われた研究」と「グリホサート以外の農薬で実施された研究」を根拠にした推測に過ぎません。
植物は、他の栄養分から20種類すべてのアミノ酸を体内で作ることができます。それぞれのアミノ酸は、アミノ酸の種類ごとに特定の代謝経路を通って作られます。そのうちの一カ所の代謝経路をグリホサートが阻害することで効果を現し、とくにアミノ酸の生合成を阻害します。グリホサートはこの代謝経路のうち、植物にしかない経路を阻害してアミノ酸を作れなくなった植物(雑草)を枯らす機能を持つ半面、動物のアミノ酸の生合成には影響しないとされているのです。
もちろんグリホサート以外の農薬で実施された研究結果を、グリホサートに適用することは科学的立証としては不十分であり、あくまで推測の域を出ないものです。
たしかに一部の研究では「農業用に使用している高濃度のグリホサートがシトクロムP450を抑制する」という結果が出ています。
しかし、グリホサートを主成分とする除草剤ラウンドアップは、散布後すみやかに分解される性質を備えているため、環境中や作物に残留する量は微量です。そのため、人が環境中や作物から摂取するグリホサートの量も極めて微量であり、微量のグリホサートはシトクロムP450を抑制しないという結果が出ています。
つまり、ラウンドアップが農薬として適切に使用されている限り、シトクロムP450を抑制するほど多量のグリホサートを人が摂取することはないのです。
また、引用された研究の中では「ラットなどの哺乳類やヒトの培養細胞株では、環境中に存在する微量のグリホサートで、シトクロムP450の活性が増加した」という結果も出ていますが、両博士はこの研究結果を無視しています。
科学の厳密性に欠ける研究を引用
さらにセネフ博士とサムセル博士は同じ論文の中で「米国におけるグリホサートの摂取規制量に相当するラウンドアップをラットに飲水投与するとシトクロムP450が抑制された」という研究を引用しています。
ラウンドアップには主成分のグリホサートだけでなく、水と油をなじませる役割を持つ界面活性剤が補助剤として含まれ、界面活性剤の種類は各農薬メーカーの製品(ラウンドアップ類似製品)ごとにより違います。そのため、主成分のグリホサートそのものにはシトクロムP450の抑制作用がないとしても、ラウンドアップ類似製品を構成する界面活性剤には抑制作用があるかもしれない、という仮説を検証する研究の一環でした。
1990年代の中期までラウンドアップ類似製品には、ヒトの培養細胞に対する毒性がグリホサートより強い界面活性剤が使われていましたが、現在は毒性が約100分の1という安全性の高い界面活性剤が使用されています。
ラウンドアップの毒性を議論する時は、それが「グリホサートによるものか」「補助剤によるものか」をきちんと区別したうえで、現行の安全性の高い界面活性剤の毒性にフォーカスした詳細な研究が求められます。「ラウンドアップの飲水投与でラットのシトクロムP450が抑制された」という研究は、そうした科学的な疑問に答えるものではありません。
したがって、彼らの主張①は科学的に正しいとは言えないのです。
動物のアミノ酸生合成は阻害していない
次に、セネフ博士とサムセル博士の主張②について考えていきます。
主張②は「グリホサートが、植物であるニンジンの培養細胞のアミノ酸量を減少させた」という研究結果が根拠となっています。
たしかに一部の細菌は、植物が生きるために必要なアミノ酸を合成するシキミ酸回路と同じ仕組みを持っているので、グリホサートがその一部の細菌のアミノ酸合成を阻害する可能性はあります。しかし、あくまで仮説に過ぎず、これを証明した研究はありません。
しかも、人の腸管内に存在しているすべての微生物が植物と同じような経路を辿ってアミノ酸を生合成しているわけではありません。
つまり、両博士の主張はあくまで仮説に過ぎない、ということです。
腸内微生物への作用を証明した研究もない
両博士は、ニンジンの培養細胞がグリホサートに暴露された時に、アミノ酸レベルが下がるという研究を根拠に、腸内微生物によるアミノ酸の生合成をグリホサートが阻害していると提唱しています。しかし、グリホサートが持つ抗生物質作用は、「細菌に対してではなく、原虫に対する作用」です。また、いくつかの細菌が酵素とシキミ酸回路を持っていることで、グリホサートが腸管細菌叢を傷つけ、間接的にアミノ酸生合成を阻害すると仮定することはできても、対照群のある実験動物での実験は行われていないため、あくまで仮説に過ぎません。
そのため、環境中に存在する低濃度のグリホサートが人をはじめとする哺乳動物の消化管内に存在する微生物に作用した、ということを証明した研究はありません。
つまり、主張②も科学的に証明されていないのです。
これらのことから、セネフ博士とサムセル博士の主張である「グリホサートはシトクロムP450を抑制し、体内微生物のアミノ酸合成も抑制するという主張」は科学的根拠のない単なる仮説ということになります。