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Vol.8 彼女がマルチ食品を食べる理由~中編~ 【不思議食品・沼物語】
科学的根拠のない、不思議なトンデモ健康法を取り巻く現象を観察するライター山田ノジルさんの連載コラム。前回からの3回シリーズは、ネットワークビジネスで出回る食品にハマった女性たちの悲喜劇を、物語の形式でお届けします。
※この物語は、フィクションです。実在の人物・団体・事件などとは関係ありません。また作中に登場する言説は現実に存在しますが、一般的な健康情報ではなく、マルチ商法を推奨する意図もありません。
きっかけは味噌のワークショップ
ネットワークビジネス、別名マルチ商法で出回る食品は多種多様だ。果物や野菜を、エキスやドリンクにしたものに、成分を抽出したサプリメント。どこそこの名水や植物油etc。それらを調理する、器具の数々。私立高校に通う美樹たちの家庭には、それらが溢れている。母たちが、マルチ商法会社の会員だからだ。
美樹の母、遥の場合は手作り味噌のワークショップがきっかけ。誘ったのは幼稚園のママ友だった。遥はややコミュ障気味なところがあり、美樹の幼稚園時代、行事のたびにぼっちになりがちで、配られたプリントに繰り返し目を通したりスマホで日に何通もこないメールをチェックするふりしてやりすごしていた。そんな遥にいつも優しく話しかけ、輪に入れてくれるママ友が貴子さんだった。
「遥さんのお弁当すっごくセンスいい!」
親子遠足で、明るく声をかけてくれた。
「彩りよくって可愛くて、でもちゃんと栄養バランスがとれてる感じ。私、キャラ弁とか作れないから娘に文句言われちゃって(笑)。そのクマさんおにぎり、今度教えて」
実は遥の料理は、見た目こそいいが味はイマイチだ。いつも「しょっぱい」だの「味がへん」だの言われて度々美樹と夫に料理を残され、悲しい思いをしていた。料理を褒められるなんて滅多にないことで、くすぐったいような気持になると同時に舞い上がった。頑張りが評価されたように思えて、すっかり貴子になついてしまった。度々ランチをする仲になり距離が縮まったころ、手作り味噌のワークショップへ誘われたのだった。
「味噌って毎日使う日本の伝統食でしょう? 作り方を知っていると、食育にも役立つと思うの。単純に、安全で美味しいというのもあるしね。口に入るものはやっぱり、母親が厳選しなくちゃ。家族の健康を守るのは主婦の使命! て言ったら大げさかな。でも、それくらい気合入れないと。今が体と心の土台を作る、重要な時期だって、医師の親戚がいつも言うのよ」
貴子さんの話はすべてが納得できるうえ、何より幼稚園の外でもつながりができることが嬉しい。もっと親しくなったら、小学校中学校と上に上がっていく中、保護者同士支え合えるようになるのではないか。これから先のことをアレコレ想像しながら、ワークショップの日を迎えた。
ワークショップがいつしか会員獲得セミナーに
ワークショップ当日。会場に招かれた講師は、伝統ある麹屋の娘さんだという女性だ。単に皆で味噌を仕込むだけでなく、発酵の歴史や栄養についてなど、食の奥深さに触れる話を聞かせてもらい、とても有意義な時間をすごした。味見させてもらった手作り味噌は、市販のものとは比べ物にならないほど、風味豊かな味わいで驚いた。これなら自分の料理に文句をつける美樹も夫も喜んでくれるかもしれない。
カットした有機きゅうりにつけて味噌を味わい「止まらないわね~」なんて参加者たちとおしゃべりしていると、「今日は特別にもうひとつミニセミナーをやりますね」と別の部屋へ通された。お土産もあると聞き、皆でキャッと喜びあう。
味噌を仕込んだナチュラルなキッチンスペースから一転して、その部屋で存在感を示していたのはホワイトボード。お料理教室から一気にセミナー風になり、一瞬面食らった。
「皆さん、日頃サプリとか飲んでます?」
妊活中の参加者は葉酸、更年期の女性は大豆イソフラボン系、美容系は飲む日焼け止め。皆それぞれ、何かしらを飲んでいた。中には子どもの背を伸ばすというサプリを使っている人もいた。
「そうしたどこでも買えるサプリって、実は添加物や農薬だらけなんですよね。原料も全然違う。こちらの畑の写真を見てください。ドラッグストアで売っているようなサプリの原料は、畑全体を使っているんです。だから当然、質の悪い作物も紛れ込む。でもこの会社のサプリは全体の20%、特別できのいい部分だけを使う。肝心の健康効果も、サンフランシスコ大学の有名なレクター博士が、確かな効果を報告しています」
畑の説明はイマイチピンとこなかったが、隣の女性が「ええ~っと……純米大吟醸みたいな感じ?」というので、何となくそうなのかなと飲み込んだ。
そして質のいいサプリを買うことができるのは、この会社の会員だけなのだそう。
ところが一般的な商品と比べると、価格は約3倍。少し高いのではないか。そんなことを考えていると、まるで貴子の気持を読み取ったかのようなタイミングで、貴子が発言する。
「正直お高いけど、これで健康が手に入るなら安いものですよね。うちの母、去年初期の癌が見つかって今も闘病中なんですけど、本当にお金がかかってかかって。病気になったらサプリの値段どころじゃすまないのを実感しているんです。だから毎日使う食材選びも、すごく気をつかってて。サプリ以外にも、いろいろ知りたいですね」
そこから「子どもの将来にも関わる重要な投資」について会場は盛り上がった。確かにちょっと割高だけど、夫がそこそこ稼いでくれる遥の家庭では払えない額ではない。そうして遥は会員となったのだった。
マルチ仲間の承認に心が満たされる
新たな会員を勧誘できると自分の収入にもつながるというので、始めの頃は数少ない友だちに声をかけたりとがんばってみたが、もともとコミュニケーションが得意とは言えない遥には無理があった。セミナーでの発言から自分と同じ非会員だと思っていた貴子は、実は既に入会していたようで、立場は自分の上位会員だ。だから遥が商品を買うと、貴子の収入につながる。会員獲得に力を入れなくても、今までと同じように親切にいろいろな勉強会に誘ってくれるから、遥としては満足だった。
会社の目玉商品であるプルーンやプロテインを使ったアレンジ料理を報告しあうのも、毎日の食生活に役立っている。実際、食の細い美樹もプルーンおにぎりはよく食べてくれるし、激務な夫にも、しっかり栄養をとらせたい。家族の身体にいいものを買って、さらにママ友のメリットにもなる。ネットワークビジネスというだけで頭ごなしに否定する人もいるけど、Win-Winの関係だ。貴子の言う「フランチャイズと何が違うのか」という意見も、全くそのとおりだ。マルチというだけで非難されがちなのが、いつも歯がゆい。
プロテイン入りのマーボー豆腐や、プルーン入りのチーズケーキ。毎日の料理をInstagramにアップすると、マルチ仲間がすぐにコメントして盛り上げてくれるから、料理がとても楽しくなった。画像一覧を開くと、自分のがんばりが凝縮されているようで、心が満たされる。家族が褒めてくれなくても、たくさんの仲間が褒めてくれる。ハッシュタグでつながりを追うと、似たような世界が広がっていて、自分たちは間違っていないという確信も持てる。
今度の幼稚園のバザーには、プルーンでお菓子を作ろうかなと今から打ち合わせが楽しみだ。貴子さんはやっぱりシフォンケーキ? 以前は憂鬱だった保護者の集まりが、今では楽しみなイベントになった。食品は栄養だけじゃない。プルーンを通じて仲間ができて、前向きな気持になれるなんて、悪いことは一つもないじゃない。親に「マルチなんて大丈夫なの?」と苦々しく言われるたびに、「うちのはいいマルチなの!」と繰り返す遥だった。
~後編に続く~
筆者 |