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第32回 オーガニックを食べても、格差と貧困は救えない【分断をこえてゆけ 有機と慣行の向こう側】

コラム・マンガ

オーガニック食品を推奨する根拠として「オーガニック食品は高価だが、食べることで健康になり、医療費が下がるのでむしろ安いのだ」と主張する人々がいます。〈前回の記事〉ではこれを批判し、デンマークでの大規模調査の結果、オーガニック食品の摂取とがんのリスクに関連性がなかったことなどを紹介しました。しかし、「オーガニックは高くない」論の本当の罪は、エビデンスの弱さではありません。今回はそれを主張する人々が見落としている、あるいは意図的に目を逸らしている問題を紐解いていきます。

「ニコラス・ケイジが映画に多く出演する年には、プールで溺死する人が増える」という有名な話がある(※1)。それぞれの統計を比べると、申し合わせたように同じカーブを描いてグラフが重なるからだ。
この状態を「相関関係がある」という。

ここで、ニコラス・ケイジに疑いが向けられる。
ニコラス・ケイジの映画出演のせいで本当に溺死が増えたのだとしたら、その状態を「因果関係がある」という。
そうであれば大問題なので、ニコラス・ケイジを今すぐ拘束する必要がある。

でも、もちろんそんなことはなく、ただの偶然だ。
因果関係がないのに、あるように見えることを「擬似相関」と呼んだりする。

単なる相関関係と因果関係が混同されている例は、身近にも実はたくさんある。
それが一見もっともらしい相関だったり、願望にかなうようなものであればなおさらだ。

朝食を食べれば成績が上がる?

文科省などがおこなっている「朝食を毎日食べている子供の方が学校の成績が良い」といった調査もその典型だ。
調査結果そのものは事実だとしても、では朝食を食べれば成績が上がるのかといえば、そう単純な話ではないだろう。

全員が同じ条件で生活しているなかで、個人の好き嫌いで朝食の有無を選択しているわけではない。
子供が朝食を安定的に食べられない背景には、家庭での生活環境や保護者の労働環境、もっといえば経済格差など、様々な要因が絡み合っている(※2)。

発達障害の増加と残留農薬を関連づける言説などにも、それは顕著に見られる。
特定の農薬の出荷量を示したグラフと、発達障害の診断数を示すグラフを並べて、これが同じように年々増加しているから農薬が怪しい、と主張するものだ。

だが、このくらいの相関関係で犯人扱いすることが許されるなら、オーガニック食品の売上増と発達障害の増加を関連づけて疑いをかけることさえできてしまう(※3)。
どちらも、ニコラス・ケイジに濡れ衣を着せて羽交い締めにするくらいには理不尽な話なのだが、言っている本人たちはそう思っていない。

健康的な食生活を可能にするもの

ここで、前回の記事で取り上げたフランスの研究に対して指摘されていた問題点を思い出してみよう。
「有機食品摂取頻度が高いこととがんリスク低下との間に関連が認められた」というが、そもそも「有機食品を食べる人は、そうでない人よりも運動量や果物や野菜の摂取量が多く、より健康的な生活を送っている」というものだ。

そして、それを可能にするのは一定以上の所得や資産、生活環境だということを忘れてはいけない。
その前提があって初めて、様々な健康投資を並行しておこなうことができる。

有機農業に好意的ないくつかの研究でさえ、野菜や果物をたくさん食べるバランスの良い食生活こそ病気の予防には重要であり、有機農産物には少なくともそれを上回るような優位性まではないことを示唆している。

日常生活においては良くて誤差レベルとしか言えないような栄養素等の差に拘泥して「オーガニック給食で医療費を下げよう」などと訴えている人々には、子供たちの心身に起きている本当の危機など見えていないか、大して関心がないように思える。

所得が低いほど栄養は偏る

幾つか例を挙げてみよう。
平成29年に内閣府が公表した、子供の貧困に関する報告書では、収入及び所得の低い世帯の子供の特徴として、

・食生活が不規則であり、栄養摂取の偏りがある
・乳製品、果物、魚が少なく、肉類、ソフトドリンクが多い
・カルシウム、ビタミンD、たんぱく質が少なく炭水化物比率が高い

などが報告されている(※4)。

また、平成30年に東京都福祉保健局が公表した『子供の生活実態調査の詳細分析』でも、「生活困難度別に見ると明らかに生活に困窮している子供ほどカップ麵・インスタント麵の摂取頻度が多くなり、野菜の摂取頻度が少なくなっている」とまとめられている(※5)。

さらに同年、厚生労働省が実施した『国民健康・栄養調査』の結果からも、子供を対象としたものではないが、所得による食生活や栄養摂取量の格差が浮き彫りになっている(※6)。
なお、こうした傾向は欧米の調査でも同様に見られる(※7)。

非正規雇用など不安定な就労状況から経済的、時間的余裕がない若年層であれば尚更だろう。
過酷な労働環境や孤独な生活のなかで、野菜や魚などの生鮮食品を鮮度の良いうちに調理して、バランスのとれた食生活をコンスタントに維持することは容易ではない。

結果として外食や弁当、惣菜の利用も増え、炭水化物だけでなく、塩分や油も過剰になり、生活習慣病のリスクは高まっていく。
オーガニックで子供を救えと訴える人々はいても、こうした若年層を救えという声は聞かない。
そこは自己責任で、ということなのだろうか。

格差と分断を押し広げる呪い

バランスの良い食生活にアクセスできない子供や若年層が増えている現実を前に、オーガニックの優位性をうたうことにいったいどれほどの意味があるのだろうか。
生活に余裕がない状況下で、高額なオーガニック食品を選択し続けることも、調理することも、現実的ではない。

それよりも今すぐに必要なのは、野菜、魚、海藻などがたっぷり食べられるあたたかい食事の方だろう。
ましてや食品や光熱費の記録的な値上がりが相次ぐ昨今、「オーガニックで医療費を」などと言っていられるのは、理由はどうあれ、相応に恵まれた環境に置かれている人だけだ。

だが、そうした声を繰り返し聞かされ、誤った信念を植え付けられることで、オーガニック食品を選ばないことに後ろめたさや不安を感じる保護者もいるだろう。
そんなものは、格差と分断を押し広げる呪いの言葉でしかない。
それが結果的にいくらかオーガニック食品の売り上げを押し上げるのだとしても、道徳的なやり方とはいえない。

とりわけ、政治家や行政がその程度の現実認識で公的にオーガニックを推進するのであれば、真に手を差し伸べることが必要な社会課題を覆い隠してしまう点できわめて罪深い。

私は有機農業を長らく支援してきたが、これら生死に関わる問題を押し退けてまで訴えるほどのこととはとても思えない。
有機推進は地に足のついた仕方でただ粛々と進めればいい。

本当の「子どもを壊す食の闇」はどちらか?

元農林水産大臣の肩書きで反農薬活動・反医療活動などをおこなう弁護士の山田正彦氏が2023年5月、オーガニック給食をテーマに新著を出版する。
少し前には『学校給食有機化(仮)』という書名でAmazon等に掲載されていたが、正式なタイトルは『子どもを壊す食の闇』となったようだ。

山田氏はこれまでも「給食をオーガニックに変えなければ子供たちに恐ろしい健康被害が起きる」という意味のことを各所で繰り返し発信しているので、書名の意味するところは想像に難くない。

一方で、ユニセフが2019年に発表した世界子供白書では、世界全体で子供の過体重や肥満が増加傾向にある中、OECD(経済協力開発機構)および EU加盟国の41カ国中で日本だけが低い割合に抑えられていることが報告されている(※8)。

そして、その背景には優れた学校給食システムがあるとして、安価で栄養バランスの良い食事や食育が提供されていること、また給食の貢献により他国に比べ伝統的な食生活が保たれていることなどが述べられている。

課題や改善の余地は様々あるにせよ、日本の学校給食はこのように国際的にも高く評価されている。
それさえも、有機農産物を使っていないというだけの理由で「子どもを壊す食の闇」扱いされてしまうのが、オーガニック給食運動の世界だ。

あまりにも、生産や調理の現場に対する敬意を欠いていないだろうか。
給食をオーガニックに変えるためだけに、本当にそんな苛烈な言葉が必要なのか。
そして、本当にいま困難を抱える子供たちのために優先されるべきは、オーガニックなのか。

一度立ち止まって、よく考えてみてほしい。

 

参考

(※1)ニコラス・ケイジの映画が増えるとプールで溺死する人も増えるのか?(GIGAZINE)

(※2)世帯の経済状態と子どもの食生活との関連に関する研究 栄養学雑誌,Vol.75 No.1 19-28(2017)

(※3)農業と食料の専門家/浅川芳裕 2021年7月6日(Twitter)

(※4)内閣府 平成28年度『子供の貧困に関する新たな指標の開発に向けた調査研究』報告書(平成29年3月)

(※5)東京都福祉保健局 東京都受託事業 「子供の生活実態調査」 詳細分析報告書(平成30年3月)

(※6)厚生労働省 令和元年「国民健康・栄養調査」の結果

(※7)厚生労働省 社会・援護局 生活保護受給者の健康管理に関する研究会 2014年10月6日

(※8)ユニセフ「世界子供白書2019」 栄養不足、隠れ飢餓、過体重…現代の栄養問題に焦点

 

※記事内容は全て筆者個人の見解です。筆者が所属する組織・団体等の見解を示すものでは一切ありません。

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