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どんと来い、トンデモ村人(後編):9杯目【渕上桂樹の“農家BAR NaYa”カウンタートーク】

コラム・マンガ

私は農業をテーマにしたバーを経営しています。職業柄、色々な農園とつながりを持つこともあるのですが、特に印象的なできごとがありました。まるで一昔前のTVドラマ「トリック」のような奇怪な体験を前回に引き続きお話しします。

前回のあらすじ

「長崎を世界一のオーガニックの産地に!」というスローガンを掲げてオープンした古民家兼農場「くるくる村」。オーナーで2019年の長崎県議会議員選挙に立候補して落選したM氏と、農場を担当する「長崎のじゃがいも男」(以下、じゃがいも男)を名乗る男性から依頼を受け、協力することになった私は、徐々にトンデモ化する農場を目の当たりにするのでした。

イノシシ対策に共存を目指すトンデモ

くるくる村は、除草剤を含む農薬について過剰なまでに危険を強調するのと対照的に、差し迫る現実的な危機に対して不自然に無頓着なところがありました。その一つがイノシシです。彼らは「イノシシ対策にお金をかけるのは間違っている」という持論に基づき、ほとんど対策を取っていなかったのです。イノシシが出没した際には、地域の人や農家の先輩から「他の畑に被害が及んだら困る」「対策にかかる費用だったら補助金が使えるよ」「近所の人が襲われないうちに対策を取ってほしい」という声が寄せられていたのですが、一切意に介さない様子でした。私は「柵の設置に人手が必要なら手伝う」と申し出ましたが、「イノシシと共存を目指す」というトンデモない理由で断られ、心配になりました。

農業のトンデモ話は
マルチ商法などとつながりやすい

私がくるくる村を心配していた点はもう一つありました。それは、農業のトンデモを掲げる人はマルチ商法やインチキ医療など深刻なトンデモとつながりやすい点です。ましてや、議員(候補)などの発信力のある人物がそれに加担してしまうと、地域への影響は計り知れません。そして、私の心配は徐々に現実味を帯びてきました。農業で行き詰まったくるくる村は、イベントによる収入に活路を見出したのです。しかも、その内容は案の定、ニセ科学からマルチ商法、新興宗教、インチキ医療などのトンデモ揃い。その一例を紹介します。

【電磁波教団】

ケータイの電磁波のせいであなたの身体には“悪い電子”が溜まっている! 肩こりの原因になるし、放っておくと癌になるかも? でも大丈夫。裸足で地面に立つだけで悪い電子は放出されて、代わりに自然界の“良い電子”を取り入れられるのです! 近くに地面がない? ご安心ください。このマットを使えばどこでも(以下略)

【石油毒伝道師】

あなた、もしかして市販のシャンプーを使っていませんか? 石油が入っているんですよ? 皮膚から吸収されて脳に蓄積されますよ! 子宮にも蓄積されますよ! 癌・アトピー・精子異常・不妊・精神病・歯周病・鬱・喘息になるかも! でも大丈夫。このシャンプーには石油が入っていません。食器用洗剤も乳液もハンドクリームもありますよ! 今会員に加入すれば(以下略)

【ワクチン忌避布教活動家】

あなた、ワクチン打っていませんか? U医師によるとワクチンは政府の陰謀なんですよ? 癌になるかも? 子供が発達障害になるかも? 心配な方はこの温活下着を着けて寝るだけで(以下略)

このように、次から次へと現れる珍妙な教祖に信者が群がり、私の警告はかき消されるようになりました。その様子は「トリック」劇場版さながらの不思議な世界でした。運営の2人は「種子法廃止で農業が壊滅!」「農薬で癌になる!」などと農業の不安を掻き立てた上で、オーガニックの看板を掲げて人を集め、人々をマルチ商法やインチキ医療に誘導するという驚くべきシステムを完成させようとしていたのです。特に問題視していたのはワクチン忌避を含むインチキ医療。私は実態を探るべく、くるくる村に出入りする母親たちの話を聞きました。すると、多くが反医療思想に感化され、子供たちもワクチンなどの医療サービスから遠ざけられていることが明らかになりました。

かみ合わない「長崎の
じゃがいも男」との話

このまま放っておくわけにはいかない。私はそう決意し、単身くるくる村へと乗り込みました。再びくるくる村にやってきた私を、オーナーのM氏とじゃがいも男の男性2人が迎えました。私はまず、じゃがいも男と話します。

「お久しぶりです、じゃがいも男さん。じゃがいもの様子はどうですか? 今度は収穫できそうですか?」

じゃがいも男「がんばっていますが、有機栽培なので難しいですね」

「え? それは、除草もせず、イノシシ対策もなく、植え付けの時期もでたらめだからじゃないですか? 有機栽培は関係ないのでは?」

じゃがいも男「アルバイトが忙しいので大変なんですよ」

「あなたの仕事は農業ですよね?」

じゃがいも男「私の仕事はみんなを健康にすることです」

「……⁉ は、農業を応援するために私たちから集めた会費は何に活用しているんですか?」

じゃがいも男「会費を払っている人はくるくる村で開かれるイベントに特別価格で参加できるんですよ。そして健康になれるのです!」

ここで本題に入ることにしました。

「イベントって、病気が治るアロマとか、電磁波避けグッズとか、あんなのどれもインチキじゃないですか。イベントに参加した人たち、健康になるどころか医療から遠ざかっていますよ。だいたい、こんなやばいイベントを議員になる人が開いて大丈夫なんですか?」

そこでM氏が登場しました。

種子法廃止で不安を煽るM氏
逆にあなたのインチキ商売は全部お見通しだ!

M氏「不安を煽っているわけではありません。ワクチンも現代医療も危険極まりないものです。農業だって種子法廃止で大変なことになります。あなたは真実を知らない」

「種子法なんて戦後の食糧難のときに作られた法律じゃないですか。食の安全とかオーガニックとか関係ないし、野菜もじゃがいもも種子法と関係ないです。議員になる人が調べもせずにインチキで不安を煽ったらまずいですよ」

M氏「私はちゃんと調べています!」

「そんなに言うなら、種子法の条文は最初から最後まで読んだんですね? 読まずに言っているとしたらインチキだと言われても仕方ないですよ」

M氏「もちろん読みましたよ。忙しいので全文は読んでいないけど、重要な部分をピックアップして読んだんですよ」

「では、種子法の条文はいくつあったか言えますか? 大雑把でいいですよ。10とか50とか100とか」

M氏「そんなの、多すぎて覚えてないよ。揚げ足取りもいい加減にしてくれ」

「やはりそうでしたか。答えは8条文です。種子法は極端に短い法律なので、全文を読むのに5分とかかりません。“重要な部分だけを読む”なんて、逆に難しいんです。あなた、本当は法律なんて読んでいないんじゃないですか?」

M氏「……法律は、これから読もうと思っていたんですよ」

私は(頭の中で)M氏を指さし、「読んでもいない法律で農業の不安を煽り、インチキ商売に誘導するお前たちの活動、全部まるっとお見通しだ!」と(心の中で)叫びました。

解散した⁉くるくる村

私は、「農業はいつでも応援するが、トンデモとなれば話は別。ここ長崎にトンデモが迫るとき、私はいつでも現れますよ」と告げ、くるくる村を後にしました。その後、くるくる村の話は聞かなくなり、主宰の2人は解散したという風の便りを耳にしました。こうして、長崎の山あいの古民家を舞台にした一連のトンデモ事件は幕を下ろしたのです。ですが、もしかすると、トンデモ村は今でも至る所にあるのかもしれません。

【渕上桂樹の“農家BAR Naya”カウンタートーク】記事一覧

筆者

渕上桂樹(ふちかみけいじゅ)(農家BAR NaYa/ナヤラジオ)

 

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