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第36回「オーガニックはおいしい」というバイアスはどこから生まれるのか(前編)【分断をこえてゆけ 有機と慣行の向こう側】

コラム・マンガ

「オーガニックはおいしい!」という声に対して、「そんなのは思い込みだ。有機農産物と慣行農産物に優劣はない」といった反応が寄せられることがある。個人の意見ならまだしも、企業等が営利目的で「おいしい!」イメージに便乗するような宣伝活動をおこなえば、さらに手厳しい意見があがる。「オーガニック=より優れたもの」というステレオタイプな捉え方には近年、色々な場面で批判が寄せられるようになってきた。2回に分けて実態に迫りたい。

おいしさを決める要素

最近では、有機農業と慣行農業を比較したこれまでの研究結果を集めてレビューした「総説論文」の結論を、日本語で要約した一覧表がSNSで公開されている(千葉大学園芸学部の深野祐也准教授が作成)。

そこでは「栄養も美味しさも、消費者にとっての安全性も、両者に優劣は認められなかった」という、身も蓋もない結果が示されている。

果たして本当に「オーガニックはおいしい!」は、思い込みに過ぎないのだろうか。
仮に最終的にそういう結論に至るのだとしても、ばっさりとエビデンスで切り捨てる前に、その「おいしい」の背景にあるものに近づき、読み解いてみたい。
きっと前向きな対話のきっかけになるはずだ。

そもそも農産物のおいしさは、どんな要素で決定されるのか。
茨城県で少量多品目栽培の有機農業を営む久松農園の久松達央さんは『キレイゴト抜きの農業論』(※1)等の著書のなかで、有機栽培という手法そのものが野菜の味を左右することはないとして、野菜のおいしさは「品種、旬、鮮度」で8割方は決定されるという持論を述べている。
この3つが揃って初めて、それらを活かすための栽培方法の工夫が意味を持つ、という捉え方だ。

一方、科学ジャーナリストの松永和紀さんは、著書『メディア・バイアス』(※2)のなかで農学者の大久保増太郎氏を引用し、野菜の味を決める要素として「氏、育ち、頃合い、たて」の四項目を紹介している。

氏=品種、頃合い=旬、たて=鮮度を指しており、ここまでは久松さんと一致する。
「育ち」に関しては「土づくり、農薬、肥料、水やり、気象条件」といった栽培環境すべてを指すとのこと。
これらをベースにして、さらに有機を選ぶ消費者側の心理も加えてみると、こんなふうになるだろうか。

① 品種=氏
② 旬=頃合い
③ 鮮度=たて
④ 栽培環境=育ち
⑤ ストーリー
⑥ 安心(感)

ひとつずつ見ていこう。

品種=氏

私たちが一般的にスーパー等で手に取る野菜は、市場流通を前提に栽培されている。
そこで、

・収穫時に形状が整っている(市場の規格に合わせやすい)
・長距離輸送しやすい(形状が揃っているほか、割れたり傷んだりしにくい)
・棚持ちがよい(店頭ですぐに傷んだり変色しにくい)
・比較的大規模に栽培されるため、収穫しやすく歩留まりが良い

などの要素が求められ、それに適した品種が開発され、生産者に選ばれてきた。
また、栽培から流通販売まで徹底して効率化されてきた恩恵として、全国いつでもどこでも、それなりに手頃な価格で買うことができる(むしろ、安すぎる)。

一方、有機農業では歴史的に、少量多品目栽培の生産者が少なくない。
そこでは消費者に直接詰め合わせの野菜ボックスを届けたり、自然食品店やレストラン、近場のスーパーなど、どちらかといえば小口の取引先が多いので、市場での大量流通を前提とした品種選びという制約がない。

そのため、固定種・在来種といわれるものも含めてマイナーな品種や、収量や輸送性が劣るため市場流通には適さないが見た目や味はユニーク、といった品種も栽培される。
こうしたことが「有機は不揃い(だから自然)」だとか、「昔の野菜の味がする」といったイメージを強化している部分はあるだろう。

ときにオーガニック派の人が「スーパーの野菜はみんな同じ形をしていて、無個性で、工業製品のようだ」という表現をすることがある。
これ自体は、農業や流通への無理解から来る感覚でしかないのだが、そう感じる背景には、このような事情が働いているのだと思う。

ただ、これらはあくまで「一般的な傾向」の話であり、有機栽培でなければ個性的な品種がつくれないという意味ではもちろんない。
たとえば、東京近郊など都市部の農業では、慣行栽培であっても少量多品目で、なんなら伝統野菜も少し作っている、というような生産者は決して珍しくない。

旬=頃合い

旬のものが一番おいしいというのは、誰もわざわざ否定しないと思う。
少量多品目の有機生産者は、露地栽培で旬のものをしっかり届けたい、というこだわりを大事にしている人が多い。
そうやって届く野菜ボックスなどは、野菜が豊富な季節には実に楽しいのだけど、ないとき(端境期)は本当にないので、定期で買っていると加工品で埋め合わされたり、種類が偏ることがある。
もちろん普通にお休みの期間もある。

一方、一般的なスーパー等では、誰でも知っているように旬以外の時期でも産地リレーやハウス栽培などを駆使して、年中需要のある野菜はなるべく途切れさせないように並んでいる。

味は旬にかなわないし、当然割高だったりもする。
また、季節ごとの初物需要を競うあまり味を犠牲にしていないかという場面に遭遇することは、正直ある。

それを便利と受け取るか不自然と受け取るかは、人によるし、ライフステージにも左右されるだろう。
ただ、有機が「ないときはない」で済まされるのは、そのバックアップとして慣行農産物の高度な安定供給体制が全国に行き届き、いつでも安価な食料にアクセスできる環境が担保されているおかげとも言える。

いずれにしても「旬」という要素は農法に直接関係しない。
当たり前だが、有機でも旬を外した施設栽培や周年栽培をおこなっている生産者・産地はあるし、市場が拡大すれば今後も増えていくと考えられる。

鮮度=たて

新鮮な地場産品が気軽に手に入る環境に恵まれていれば、有機であれ慣行であれ、言うまでもなくおいしい。
とうもろこしや枝豆なんかは、顕著においしい(なんなら、収穫したその場で茹でるのが一番おいしい)。

あえて比較するなら、有機の場合は前述の通り、生産者から自宅に直送されるケースが少なくない。
であれば、市場経由で届く野菜よりは単純に収穫日に近く、同じ野菜でもおいしく感じられるということは実際にあると思う。
そのくらい鮮度の力は大きい。

とはいえ、産地や季節、輸送距離や輸送中の環境、さらに生産者の管理や梱包なんかにも左右されるため、案外ブレも大きかったりして断言はできない。
私も正直、ハズレを引いた経験がある。

また、宅配便については年々値上がりが続いており、人手不足で従来のような短い日数での配達が難しくなりつつあるなど、環境は刻々と変化している。

既存の青果物流通はその点、安定感はあるものの、2024年問題(トラックドライバーの時間外労働時間上限規制が開始される)が間近に迫るなか対応に追われており、今後どう変化していくかは予断を許さない。

店頭での鮮度管理は、今どきはどこの自然食品店でも大概しっかりされていると思うが、某大手オーガニックスーパーの野菜売り場がひどかった(※3)というような報告もあるので、知名度で過信はせず見極めは必要だ。

また、一般スーパーの有機コーナーでも、回転が悪く鮮度が落ちている場合がある。
そういうときはオーガニック派の人でも、無理せず鮮度の良い売り場から野菜を選んだ方が幸せになれると思う。

有機農産物の印象を左右するもの

ここまで①氏=品種、②頃合い=旬、③たて=鮮度について見てきた。
栽培方法というよりも、歴史的背景を踏まえた経営スタイルの違いや、市場における役割の違いといった要素が、有機農産物の印象を大きく左右していることが浮かび上がってくる。

逆に言うとイメージや思い込みだけではなく、実際に選んで食べておいしかったという経験から「オーガニックはおいしいもの」と捉える人もいるということなので、仮に勘違いを含むとしても、その経験自体は頭ごなしに否定するものではないと思う。

次回は、さらに意見の分かれそうな④栽培環境=育ち、⑤ストーリー、⑥安心(感)についても考えてみたい。

(※1)キレイゴトぬきの農業論 (新潮新書) 久松達央

(※2)メディア・バイアス あやしい健康情報とニセ科学 (光文社新書) 松永和紀

(※3)ビオセボン町田店に行って考えた日本のオーガニックのこと その1 ほんものの食べもの日記 手島奈緒

〜後編へつづく〜

 

※記事内容は全て筆者個人の見解です。筆者が所属する組織・団体等の見解を示すものでは一切ありません。

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